三国志は、陳寿によって280年~290年頃に信憑性の高い資料を元に編纂された歴史書。
魏書30巻、蜀書15巻、呉書20巻の計65巻から成っていて、この三つを合わせて三国志。
後に、裴松之が、異説や詳細な事実関係を注として429年に完成させたものもあるけど賛否両論。
ゲームやアニメ・漫画などは、小説である三国志演義が元になっているのが多いけど、
今回、うちがブログにUPしていくものは、基本的に三国志演義からは引用しないつもりです。
っていつまで続くことやら・・・w
曹操
字は孟徳、幼名は阿瞞また吉利。
阿瞞の瞞は、だますって意味だから、うそつき小僧って名前になるんだけど、
早い時期から、曹操は悪者として扱われていたからそんな名前がついたのかもしれない。
呉の国で書かれた曹瞞伝というのがあるけど、これも意味は、うそつき曹操って意味w
でも、この書には、曹操の様子を垣間見ることができる記述がある。
いつも狩ばかりして遊んでいた曹操を見て、叔父さんが曹操の父親に告げ口をしていた。
そんな叔父さんが、うざかったのか、ある日、曹操は、叔父さんに会った時に、
顔面をひきつらせて顔面麻痺になったと言った。
叔父さんは、曹操の父親に、曹操が顔面麻痺になったとさっそく告げ口。
曹操は、その事をしっかりと計算して、普通の顔のまま帰宅。
父親が、叔父さんから顔面麻痺になったと聞いたと言うと、
「叔父さんは自分のことを良く思ってないから、そういうことを言うんです」と父親に言ったため
その後、叔父さんが何を言っても父親は信用せず、曹操は好き勝手やってられた。
呉の著者は、曹操のことを悪く書きたかったんだろうけど、現代のうちから見ると
なんだかいい感じww
他にも、こんなのがある。
「曹操は、軽はずみで威厳も無く、音楽好きで芸好き。服は軽い絹に小さな皮袋をつけて
色々なものを入れていた(信長みたいだ)。人と論ずるときも冗談を言い、思っていることを
隠さずに話した。喜んで大笑いしたときは、頭を杯の中に突っ込み、頭巾やお膳を汚してしまう。」
決まった事柄にこだわらず、生き生きした曹操の人物像が見えるような気がする^^
とりあえず今日はここまでw
またいつか曹操の続きを★
魏書30巻、蜀書15巻、呉書20巻の計65巻から成っていて、この三つを合わせて三国志。
後に、裴松之が、異説や詳細な事実関係を注として429年に完成させたものもあるけど賛否両論。
ゲームやアニメ・漫画などは、小説である三国志演義が元になっているのが多いけど、
今回、うちがブログにUPしていくものは、基本的に三国志演義からは引用しないつもりです。
っていつまで続くことやら・・・w
曹操
字は孟徳、幼名は阿瞞また吉利。
阿瞞の瞞は、だますって意味だから、うそつき小僧って名前になるんだけど、
早い時期から、曹操は悪者として扱われていたからそんな名前がついたのかもしれない。
呉の国で書かれた曹瞞伝というのがあるけど、これも意味は、うそつき曹操って意味w
でも、この書には、曹操の様子を垣間見ることができる記述がある。
いつも狩ばかりして遊んでいた曹操を見て、叔父さんが曹操の父親に告げ口をしていた。
そんな叔父さんが、うざかったのか、ある日、曹操は、叔父さんに会った時に、
顔面をひきつらせて顔面麻痺になったと言った。
叔父さんは、曹操の父親に、曹操が顔面麻痺になったとさっそく告げ口。
曹操は、その事をしっかりと計算して、普通の顔のまま帰宅。
父親が、叔父さんから顔面麻痺になったと聞いたと言うと、
「叔父さんは自分のことを良く思ってないから、そういうことを言うんです」と父親に言ったため
その後、叔父さんが何を言っても父親は信用せず、曹操は好き勝手やってられた。
呉の著者は、曹操のことを悪く書きたかったんだろうけど、現代のうちから見ると
なんだかいい感じww
他にも、こんなのがある。
「曹操は、軽はずみで威厳も無く、音楽好きで芸好き。服は軽い絹に小さな皮袋をつけて
色々なものを入れていた(信長みたいだ)。人と論ずるときも冗談を言い、思っていることを
隠さずに話した。喜んで大笑いしたときは、頭を杯の中に突っ込み、頭巾やお膳を汚してしまう。」
決まった事柄にこだわらず、生き生きした曹操の人物像が見えるような気がする^^
とりあえず今日はここまでw
またいつか曹操の続きを★