秘密の花園 | 小学校での読み聞かせ活動記録

秘密の花園

フランシス・ホジソン バーネット, Frances Hodgson Burnett, 山内 玲子
秘密の花園〈上〉

バーネット作/山内玲子訳/岩波少年文庫/2005


軍人の父親と美しい貴婦人の間に生まれたメアリはとても感じの悪い子でした。インドで生まれたメアリは、誰にも可愛がられず、育ったのです。ある時期、この地方にコレラが流行し、メアリは孤児になってしまいました。そして、イギリスの親戚の叔父の家に引き取られる事になったのです。メアリの父さんがこのアーチボルド・クレイヴンという人の奥さんのお兄さんだったのです。アーチボルト・クレイヴンは、メアリの後見人になっていたので、メアリを引き取らなければならなかったのです。

実際、ムア(荒れ野)のはずれのミスルスウェイト屋敷は陰鬱な屋敷でした。確かに叔父さんはお金持ちでしたが、背中が曲がっていて、ほとんど家にいなくて旅にばかり出てているのです。それというのも、メアリの伯母がこの屋敷の庭で不幸な事故で亡くなってしまったからだったのです。 そんな屋敷で話し相手といえば召使いのマーサだけ。勝手気ままに生活をしていたメアリは、伯母が亡くなったという庭を発見します。外遊びと自由気ままな生活が、ガリガリで病的だったメアリをだんだんと健康にしてゆきました。

好奇心がムクムクと頭をもたげ、ついに、伯母が亡くなった庭を発見します。 益々元気になったメアリは屋敷内にも秘密があるのを発見します。それは、アーチボルト・クレイヴンの息子でした。メアリの従弟コリンの登場です。この少年は、母の命と引き換えに生まれ、生まれつき体が弱く、父親のように背中が曲がってしまうのではないかという恐怖に苛まれながら、屋敷の奥から一歩も外に出ずに暮らしていたのです。 メアリとコリンは仲良しになり、マーサの弟で生き物と友達になれる特技をもっているディコンと共に秘密の花園の手入れを始めます。そして、メアリとコリンも花園の成長と共に心身が健康になり、そんな姿をアーチボルト・クレイヴンに見せたいと思うのでした。

かなり有名な作品だったにも拘わらず、何と私はこの作品を読んだことがなかったのです。同じ作家の作品で『小公子』と『小公女』は読んでいたのですけど、不思議です。小公子と小公女という作品については、はるかかなたの記憶からの印象として、お金持ちできれいな子がいはなり不幸になるところから始まっていたと思います。どん底になっても希望を捨てずに清く正しく生きていくと良いことが起こって、ちゃんと幸福になるという物語だったと思います。


この作品では、冒頭で主人公のメアリは不幸のどん底にたたき落とされてしまいます。不在がちの父親。美しいけれど子どもには興味のない母親。そんな家庭環境で育っている上に、本人はチヒでガリガリでいつも不機嫌そうな顔をした少女でした。さらに追いうちわかけるように、コレラで家族が亡くなってしまうなんて、これ程不幸な始まり方をする物語は、多くはないでしょう。 冒頭がこれ程不幸であるにも拘わらず、それ以上に美しく感性豊かに成長を見せる子どもたちの生命力の強さに、この作品は救われているのです。植物が芽吹き生長するのと時期を同じくして、子どもたちも青白くて気難しい病人から、バラ色の頬を持った明るい健康な姿を見せ始めます。


この作品は、児童書というよりも、子どもを持つ大人たちの気持ちがとてもよくわかる作品になっている気がします。親の愛情がなければ、子どもは病気になってしまうこと。子どもにとって大切なものは、友達・自然の美しさ・運動・感動する心や信じる心だという事などです。こういうものをふんだんに与えられて育った子どもたちは、皆、美しく健康に育つでしょう。 今の時代の子どもたちは、不審者対応のため外で遊ぶこともままなりません。秘密の場所を持とうにも、大人たちの監視つきで外で遊ぶのです。地面はアスファルトに覆われていて、土というものは、探さなくては見つからないのです。


私たち大人は、便利で豊かな生活を追及する余り、大切なものをたくさん失ってきました。これからは、子どもたちが安心して健全に成長できる場をたくさん提供できるように努力してゆきたいものです。


ところで、この地方の使用人たちは、原作ではヨークシャー訛りを話すという設定らしいのですが、岩波少年文庫の訳者は、どうやら四国地方の方言を充てたようです。関東地方生まれの私は、英語はもとより標準語しか話せませんから、方言が話せるという事に、非常にあこがれを抱いています。関西弁でも東北訛りでもなく、四国地方の方言・・・。楽しませてもらいました。