「本並健治 前妻」と検索した方は、どんな女性だったのかが気になっているのではないでしょうか。

 

先に書いてしまうと、前妻は一般女性で、氏名も職業も公表されていません。

 

 

そして検索候補に並ぶ「略奪愛」も、年表を並べると成り立たなくなるんです。

 

気になるポイント 分かっていること
前妻の立場 一般女性。メディアに出た記録がない
氏名 公表なし。ネット上の表記は複数に割れている
職業 公表なし。「モデル」説は根拠が示されていない
子供 息子が2人。生まれたのは1990年代前半
離婚 時期も理由も公表されていない
略奪愛説 交際開始との間に大きな空白があり、成り立たない

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本並健治の前妻は公表されていない一般女性

まずは、どこまでが確認できる話なのかを見ていきましょう。

名前も職業も出典がない

前妻について調べ始めると、すぐに壁にぶつかります。

 

前妻は一般女性で、氏名も職業も公表されていません。

 

 

メディアに登場したことがなく、顔写真も出ていません。結婚を発表する会見のようなものもなかったため、公的な記録がほとんど残っていないんですね。

 

 

ところがネット上では、名前がしっかり書かれています。しかも記事によって漢字が違い、複数の表記が入り混じっているんです。

 

 

同じ人物を指しているはずなのに、書き方が揃わない。そのうえ、どの記事も出どころを示していません。上位に出てくる記事の1つは「詳細は明らかにされていません」と自分で前置きしたうえで、噂として並べていました。

 

モデル説を書いた記事も否定

職業についても、有名な説があります。

 

「前妻はモデルだった」という説は、それを書いた記事自身が否定しています。

 

 

組み立てをたどると分かりやすいんです。「サッカー選手はモデルと結婚する人が多い」という一般論から入り、最後は「どうやらモデルではないようですね」で終わっている。

 

 

つまり根拠のある情報ではなく、職業の傾向から連想されただけの話でした。それが見出しとして一人歩きしている形ですね。

 

 

本並さんが彫りの深い顔立ちで知られていることも、この連想を後押ししたのかもしれません。華やかな人物像から、相手も華やかだろうと想像されたわけです。

 

ここがポイント
情報が細かく書かれているほど確からしく見えますが、この件では逆です。名前も職業も、細かい記述ほど出典が示されていません。

本並健治が前妻と離婚した時期と略奪愛説

ここからは、離婚と再婚の順番を見ていきます。

離婚の時期も理由も非公表

離婚についても、発表は行われていません。

 

離婚の時期も理由も、本並さんの側から語られたことはありません。

 

 

複数の記事が特定の年を挙げていますが、こちらも出典はありませんでした。前妻が一般の方である以上、離婚を公表する義務も理由もないので当然でしょう。

 

 

手がかりになるのは、本並さんが女子サッカークラブの監督に就任した時期です。この就任の時点では、すでに離婚していたとみられています。

 

 

指導者としてのキャリアを積み上げてきた流れのなかで、家庭の形も変わっていた。そう読める材料はありますが、断定できるほどではありません。

 

略奪愛説が成り立たない理由

前妻の話で必ず出てくるのが「略奪愛」という言葉です。

 

丸山桂里奈さんが現れたことで離婚した、という筋書きですね。

 

 

広まった理由ははっきりしています。離婚したとされる年と、丸山さんがそのクラブに加入した年が同じだからです。監督と選手という関係もあって、想像が広がりやすい材料が揃っていました。

 

 

ただ、その先の年表を並べると話が変わります。丸山さんはクラブを離れて現役も引退し、そこからしばらく経ってから交際が始まっているんです。

 

 

離婚とされる時期と交際開始のあいだには、かなり大きな空白があります。

 

 

丸山さん本人も、恋愛対象として意識し始めた時期をはっきり語っています。告白したのも丸山さんのほうでした。この順番が分かると、略奪愛という説明は置き場所を失います。

 

ここがポイント
前妻について分からないことが多いのは、隠されているからではありません。もともと一般の方で、報じる対象にされていなかったからです。