「滝音 さすけ 嫁」と検索した方は、どんな女性なのかが気になっているのではないでしょうか。
実は、その人物像はかなり強烈なものとして語られてきました。
この記事では、さすけさんの嫁について整理します。
| 嫁の名前 | 一般女性(下の名前のみ公表) |
| 入籍 | 2014年7月 |
| 公表 | 入籍から1年以上あとにX(旧Twitter)で |
| 子供 | 一男一女の2人 |
| 現在 | ラジオである報告をしたと伝えられている |
▶ 嫁の名前・子供の名前・離婚公表の詳細は 完全版の記事 でまとめています。
滝音・さすけの嫁はどんな人?
滝音のさすけさんは、大阪大学人間科学部を首席で卒業したという異色の経歴を持つ芸人さんです。造語を使った独特のツッコミで、賞レースでも存在感を放ってきました。
そんなさすけさんには、売れない時代からずっと支えてきた奥さんがいます。
結婚を1年以上伏せていた理由
入籍したのは2014年7月のこと。ところが、この結婚が公表されたのはずっとあとでした。
入籍から1年以上が経ってから、ようやくX(旧Twitter)で報告されています。その投稿がまた、さすけさんらしい独特の言い回しだったんですよね。
「愛妻家芸人」と「鬼嫁芸人」という2つの看板を、同時に掲げる内容でした。
妻を愛していると宣言しながら、その妻が鬼であるとも言ってしまう。この矛盾した打ち出し方が、のちのラジオでの鉄板ネタにつながっていきます。
コンビとして活動を始めた当初、さすけさんは既婚であることを前面に出していませんでした。「諸事情により」という一文に、若手芸人ならではの事情がにじんでいます。
語り継がれる「鬼嫁ルール」
さすけさんが自ら「鬼嫁芸人」と名乗っただけあって、嫁のやきもち焼きぶりは徹底していたと語られています。
なかでも有名なのが、独自の浮気ルールです。ラジオで明かされたその基準は、聞いた人が思わず耳を疑うほど厳しいものでした。
芸人という仕事を続けるのが難しくなるレベルの基準だったんです。
実際、女性芸人を含む飲み会に参加した際には、事後報告になってしまって厳しく叱られたというエピソードも残っています。収録後に嫁から連絡が届いた、という趣旨の投稿をしていたこともありました。
ただ、こうした話を語るときのさすけさんは、どこか楽しげだったといいます。ネタとして消化しながら、嫁との関係を面白おかしく伝えていたわけですね。
「鬼嫁」という言葉は、あくまでさすけさん自身が笑いに変えるために使っていた表現です。
滝音・さすけの嫁と子供、そして現在
嫁の話でもうひとつ外せないのが、徹底した倹約家という一面です。
暖房禁止令を出した倹約ぶり
ある冬、電気代がある金額を超えたことがありました。それを見た嫁が即座に下したのが、家庭内での「暖房禁止令」です。
大分出身のさすけさんにとって、冬の寒さは軽いものではありません。それでも家計を優先して暖房を止めるという判断は、なかなかできることではないでしょう。
倹約は、芸人の商売道具である衣装にまで及んでいました。
テレビ番組で夫婦そろって出演した際、さすけさんの衣装のある一点について、驚きの入手先が明かされています。削れるところは徹底的に削る、という姿勢が伝わってきますよね。
さらに、さすけさん一家は嫁の両親と同居していた時期もありました。収入が安定しないなかで家族の生活を成り立たせるには、実家の支えが必要だったのだと考えられます。
収入0円から引退勧告まで
滝音が世に知られるようになるまでには、長い下積みの時期がありました。
さすけさんは、芸人としての収入がまったく無かった年があることを明かしています。すでに嫁がいて、子供も生まれている状態でのことです。
生活を支えたのは、飲食店や塾講師といった複数のアルバイトでした。大阪大学卒という学歴を活かした塾講師は、まさに適材適所だったといえます。
そしてこの状況は、テレビ番組の収録中についに限界を迎えます。
夫婦そろって出演した番組で、嫁からある重い言葉が告げられました。妻の立場からすれば当然の判断だったのでしょう。この放送をきっかけに、嫁は「陰で支える美人鬼嫁」として大きな話題になっています。
2人の子供と、その後の報告
さすけさんと嫁の間には、一男一女の子供がいます。どちらの名前も、音の響きが柔らかく印象的なものでした。
さすけさんの子煩悩ぶりは徹底していて、公式プロフィールの趣味欄にも家族に関する記載があったほどです。育児関連の資格まで取得し、ラジオで育児相談のコーナーを担当した経験もあります。
そして、長く「愛妻家芸人」として知られてきたさすけさんですが、状況は変わりました。
自分たちのラジオ番組のなかで、ある報告がなされたと伝えられています。
記者会見でもSNSでもなく、家庭のことを一番多く話してきた場所を選んだあたりに、さすけさんらしさを感じますよね。同じ時期には、相方の秋定遼太郎さんが対照的な報告をしていたことも重なりました。
収入0円の時代を一緒に越えた事実そのものが、消えるわけではありません。