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「野口健 母親」と検索された方は、登山家・野口健さんの母親がどんな人なのか気になっているのではないでしょうか。
実は野口健さんの母親は、エジプトにルーツを持つ、とても情熱的な女性なんです。
この記事では、野口健さんの母親・モナさんの素顔と、両親の離婚を乗り越えた母子の物語を、やさしく整理していきます。
| 母親 | 野口モナさん(エジプト出身) |
| ルーツ | エジプトなど複数国(詳細はWP) |
| 夫 | 元外交官・野口雅昭さん(のち離婚) |
| 健さんとの関係 | 再会を経て現在は良好 |
▶ 母・モナさんの素顔や母子の物語のくわしい話は 完全版の記事 でまとめています。
野口健の母親はどんな人?
まずは、野口健さんの母親がどんな女性なのかから見ていきましょう。
母はエジプト出身の野口モナ
野口健さんの母親は、野口モナさんという、とても個性的な女性です。
エジプトの首都カイロ近郊の出身で、野口健さんがエジプトにルーツを持つのは、この母・モナさんがエジプト出身だからです。
彫りの深い目鼻立ちや日本人離れした風貌は、まさに母譲りといえるでしょう。さらにモナさんは、エジプトだけでなく複数の国の血を引く多国籍なルーツの持ち主でもあります。その豊かなルーツについては、完全版の記事でくわしく紹介しています。
エキセントリックで情熱的な人柄
モナさんは、とてもエネルギッシュで情熱的な性格の持ち主として知られています。
その人柄を象徴するのが、幼い野口健さんへの教育エピソードです。幼稚園でいじめられて帰ってきた健さんに対し、モナさんはこう言って励ましたと伝えられています。
「1発殴られたら10発殴り返しなさい」という、なんとも力強い言葉でした。
日本的なやさしい慰め方とは少し違う、ストレートでたくましい励まし方ですよね。困難に立ち向かう野口健さんの負けん気の強さは、この母から受け継いだものといえそうです。
後年、世界の高峰や数々の逆境に挑み続けた野口健さん。その原動力のひとつは、幼い日に母から注がれた情熱的なエネルギーにあったのかもしれませんね。
外交官の父との出会いと結婚
モナさんが日本人の家庭を築いたきっかけは、夫となる野口雅昭さんとの出会いでした。
野口雅昭さんは、福島県会津若松市出身の外交官です。エジプトに赴任していた時期にモナさんと出会い、結婚に至ったと伝えられています。
外交官という仕事を通じて、日本とエジプトという遠く離れた二人が結ばれたわけですね。結婚後、夫の赴任先で野口健さんが誕生し、健さんは次男として育ちました。上には兄が一人いるとされています。
父の仕事の都合で、一家は世界各地を転々としながら暮らしました。異国を渡り歩く生活の中で、母モナさんは家庭の太陽のような存在だったことでしょう。
野口健と母親の関係|離婚を乗り越えて
続いて、両親の離婚を乗り越えた、野口健さんと母・モナさんの歩みを見ていきましょう。
小学生のときに両親が離婚
国際結婚の家庭に生まれた野口健さんですが、家庭は平坦ではありませんでした。
野口健さんが小学6年生のころ、両親は離婚することになったと伝えられています。
多感な時期に両親が別々の道を歩むことになったのは、少年だった健さんにとって大きな出来事だったはずです。離婚後、野口健さんは母・モナさんと長く離れて暮らすことになりました。
その後、両親はそれぞれ再婚したともいわれています。育ち盛りの時期に家庭が大きく変化したことは、その後の野口健さんの生き方にも少なからず影響を与えました。
この時期、野口健さんはイギリスの全寮制の学校で過ごしています。家族と離れた異国での寮生活の中で、彼は冒険家・植村直己さんの本に出会い、山の世界へとのめり込んでいきました。心に空いた部分を、山や挑戦が埋めていったのかもしれませんね。
再会して現在は良好な関係
長く離れて暮らしていた母子ですが、その関係はそこで途切れたわけではありません。
野口健さんが大人になってから、二人はふたたび交流を持つようになり、現在は良好な関係だといわれています。
大人になり、自分自身もさまざまな経験を重ねたことで、野口健さんは母の生き方を改めて理解できるようになったのかもしれません。離れていた時間があったからこそ、見えてくるものもあったのでしょう。
幼い日に受けた情熱的な愛情も、離れて過ごした寂しさも、すべてを経たうえで親子としての絆を結び直したのでしょう。そのたくましい気性は、野口健さん、そして孫の野口絵子さんへと受け継がれています。
波乱を越えて結ばれ直した母子の物語は、完全版の記事でじっくり読むことができます。