天満敦子さんの
コンサートに出掛けました。

わたくしが今度茶の湯のイベントを
させていただくTHE GLEEでの開催。

ここはクラシックの
ライブホールで、
ステージと客席がとっても近いのです。

大きなコンサートホールと違い、
天満さんが紡ぎ出す
音に包まれました。

天満さんの使用のヴァイオリンは
ストラディヴァリウス、
またお使いの弓は
イザイの遺愛のものです。

「この人とはまもなく
銀婚式を迎えます」と終始、
対話するような形で、大切に大切に
扱われていました。

ステージが近いため、
ストラディヴァリウスもとても近い
位置で見ることが出来ました。

200年以上前のものですが、
ヴァイオリンそのものが放っている
エネルギーはとても若々しく、
輝いていました。

ヴァイオリンが弾き手を選ぶというか、
そもそもモノはヒトを選ぶので、
天満さんとヴァイオリンが
引き寄せ合ったのですね。

天満さんもリラックスされており、
素晴らしい演奏を聞かせて
いただきました。




お天気が良いので
しばし散歩に。


空が綺麗~、風も気持ちよいし、
いい気分転換になりました


周りに料理がすこぶる上手な
大人たちが多かったため、
見よう見まねで、

気付いたら自分の食べたいものを
作っていました。

さらに無類の食いしん坊ですから、
「美味しいものならどこまでも」
てくてくと出掛けてゆき、
素材を知り、コツを盗んで来ます。

そんなわけで、
特別に料理を習うことは
ありませんでしたが、

茶懐石ばかりは
本を読む、懐石料理を食べるだけでは
わからないことも多く、

柿傳出身の方にお教えいただきました。

段取りの良い準備の仕方、

魚の扱い、

素晴らしく美味しい味噌汁の
作り方、

出汁の取り方、

タイミング良く出すための米の炊き方、

素材のメリハリの付け方、

炊き合わせのコツ、

全体の味のバランス、

まだまだ精進の途中ですが、

ここ10年程は茶友に恵まれ、
頻繁に茶事を続ける中で、

茶懐石についても
挑戦し続けられたことは
大きかったと思います。

茶事の亭主になったり、
客になったりする中で
見えてくるものも有ります。

茶懐石は普通の家庭料理と違い、
非常に丁寧に慎重に仕上げてゆきますが、

家庭でできないものではありません。

むしろ、その人自身の味、
家庭の味が、おもてなしとなり、
ごちそうとなるのです。











長く気に入っているお店が
ふたつあります。

ひとつは老舗の懐石料理店、
もうひとつは小さな中華料理店。

構えもお値段も全く違いますが、
どちらも私に「美味しい」を
教えてくれた大事なお店です。

懐石料理店は初めて訪れた際、
そのさりげない味に驚きました。

盛りつけも、器も、味も
「どうだ~」という尖ったところが
ひとつもなく、

全て調和の中にやさしく存在して
いました。

それでいて、決してまねしようがない
しみじみとした美味しさに
感動しました。

その後、何度訪れても
その味にブレがない。
この安心が老舗なのだと
思います。

もうひとつの中華料理店、
決して愛想が良いサービスを
受けられるわけではない
この店に行き続けるのは

強烈な頑固モノであるにちがいない
店主の姿を見たいから。

明らかに厨房に立つのは
しんどいに違いない状況ながら
気力、気迫で立ち続けている
姿が素晴らしいのです。

味も美味しい以上のものが
必ず出て来ます。

「美味しい」というには
客観的に測定出来るものでは
ありませんし、様々なファクターで
成り立っているものに違いないわけですが、

「美味しい」を突き詰めてゆくと、
それは限りなく点になってゆくのでは
ないか?と、

このふたつのお店を通じ
考えるのです。










今にして思うと、
「食」に恵まれた環境に
育ちました。

食いしん坊だから
このファミリーを選んだのか、
このファミリーだから、
私が食いしん坊になったのか、
わからないところですが・・

祖父を中心に
大きなファミリーで
頻繁に食卓を共にしていました。

みな揃いも揃って
食いしん坊、
美味しいものを食べることに
大きなエネルギーを注いでました。

うちごはんの場合は
良い素材をシンプルに
生かした料理が多かったです。

子供だからこれはほどほどに
というような扱いは全くなく、

お腹を壊さない限り、
好きなだけ、食べたいだけ
どうぞという環境でした。

おやつ代わりに
高価な生菓子を何個も
いただいていたことなども
思い出されます。

これが自分の食の原点ですが、
今にして思うと、

美味しいものの味の基準を
持てたこと、

作るというプロセスも含めて、
食べるということを、
自分の生活の中に組み込めた事。

食べることが楽しいものである。
美味しいものは人を笑顔にするものである。
ということを、

しっかりと自分の中にインプット出来たことは
本当に有りがたいことでした。