ここ暫くずっーと動いてきたので、たまには足を止め立ち止まる事も大切ですね。
お陰で、講話の音源を聞きながらノートをまとめたり、自分を見つめ直すいい機会になりました。
前回のスクールで瞑想についてのお話がありましたが、
「瞑想が現実を良くする為の手段になっていないか。」との先生の言葉が一番胸に響きました。
これまで、内側へアクセスする為の行為として瞑想を用いていましたが、
身体や気持ちの声に耳を傾けながらも、
片方では“瞑想すれば現実が良くなる“と、
外側と内側とで取引きを行なっていたように思います。
以前開催された瞑想会の時に、
「瞑想は、する前に既に完了している。」
と先生が仰っていました。
本当は自分と繋がっていて、それを再び経験する為に瞑想をするとの事。
瞑想会に来ている時点で既に瞑想は終わっているけど、全ては瞑想に入る前の準備ができて出来ているかで決まるとの事でした。
“準備“と言うのは、前々回のスクールで話されていた3つの鍵の事だと思うのですが、
※人生の3つの鍵🗝️
①呼吸②沈黙③今ここ
自分の身体や気持ちを救いたい!幸せにしてあげたい!など、“何かの為に“との強い「思い」があるかだと思います。
その最初のステップが内側に耳を傾けることであり、三次元的行為としては「呼吸」なのだと思います。
頭人間は脳にばかり酸素を使って、身体には酸素を分けてくれません。
だけど肺はいつも酸素を欲しがっています。
まずはそれに気づく事、理解することが先です。
私が呼吸をするのではなく、身体が行う自然な呼吸に合わせてそっと後ろから付いていく。
強い思いや願いと共に、酸素を全身に届けてあげること、導いてあげる事が大切なのだと思います。
「耳を傾ける事」や「寄り添う事」「感じる事」も、思いあってこそできる行為だと思うので、
前々回の講座で話された、
①呼吸
②沈黙
③今ここ
のステップが、瞑想に入る前の段階として大切なのが理解できます。
そう思うと、私達に必要な事って、
自分の身体や気持ちの声に耳を傾ける
「謙虚さ」だけなのだと思いました。