最近映画をよく観ています。

どれも素晴らしく当たりです。

映画楽しみたい→楽しめるといったことに感謝しています🌸

何かストーリーを感じたいと思い、本でも借りたいと思うのですが何故かそんな時に限って図書館のエアコンの工事ということで、、

映画は手軽でいいですよね。



最近、居心地の良さを大切にしよう、好きなことしていよう、と思うわけですが

不意に、とても許せないと思うことが脳裏をよぎり、私の気持ちをそこに張り付けたり

もしくは身体が疲れているからか、不安感のようなものを感じたり


一言で言うと楽しくない感情に襲われることもよくあります。

神の愛で満たそう、と思うわけなのですが



真実の愛ってなんだろう?と思うわけです。



この祈りのちからというタイトルの映画は、夫に不満を募らせる妻が、神への祈り、信仰心を取り戻し、夫も愛しているが、それよりも神を一番に愛している、と、夫にも話したりする場面があります。

夫の不貞も責めず

夫が、神の道に帰れるよう祈ったり、夫への愛がまた持てるように祈ったりだったかな?

結局祈りの力が勝ち、夫婦愛、家族愛が戻るという映画です。

中々難しいことをやってのけてるなと思いました。

そして、最後の展開も、ハッピー過ぎるかなとも思っちゃいましたが

神の力なんですから


それくらいやってくれないと困りますよね。


その為には熱く祈ることだと映画の中では描かれています。

戦うべきなのは、夫ではないと。

怒りに心を奪われているのは、信仰心がない自分の心がサタンに支配されているからだと言っています。


実際にそうなのかもしれません。

サタンは悪が大好きなのです。

仲違いなど朝飯前、人々をネガティブにさせることも容易な時代だと思います。

そこら中に、その誘いがあるでしょう。


自分が何に心を奪われているのか?

見張っておく必要がありましょう。


そんなわけで、神からの御守護を祈り、その指針に沿って生きていけばいいのだと

思います。


容易ではない時もあるでしょう。

そんな時も、自分自信に思慮深くしてあげる価値はあるでしょう。


物事を変えようとしたり、怒ったり悲しんだり不安になったり失望しなくても良いんですよ。

それは引っ掛けなんです。

それに気づけたら、自分で明るい世界を開いていけるでしょう。

少しずつでよいのです。

そう思うことからが始まりです。


人生のノイズのようなものに心を奪われなくてよい。

100パーセント居心地よくいていいんですよ、どんな時も。

そしてそれが出来ます。