Mana | rumihulaのブログ

Mana

「Halau hula o Manamaoli」


私の教室の名前なんです。


「Mana」とはハワイ語で「エネルギー」「力」といった意味があります。


日本なら「気」


インドなら「プラーナ」なんかと同じような使われ方をしています。


単なる目に見える力だけではなく


この宇宙に存在する全てのものにある「気」「エネルギー」の力です。


ハワイでは、マナが宿るという考え方をします。


自然界はもちろんのこと、人やモノにもマナが宿ります。


しかし、日本でもこういった考え方は昔からあったもので


日本人は、モノの中にも「エネルギー」がある事を自然と知っていると言います。


例えば、ずっと使っていたお茶碗を捨てる時に


なんとなく寂しい気持ちになったり、ごめんね、という気持ちになったりしますよね。


それは、そのお茶碗の中にエネルギーが宿っていて


無意識に単なる「モノ」として扱っていないからだそうです。


しかし、こういう感覚は欧米人には理解ができないと言います。


しかし古代ハワイアンにはこういった考え方があり


日本人の感覚と似ているところがあります。


ハワイはアメリカですから、今ではそういった感覚を持ち合わせていない人も


たくさんいると思いますが


私が知っているハワイの人は


そういう感覚とアメリカ的感覚の両方がミックスされた人が多いと感じています。



例えば・・・



ハワイにいた時、自分で編んだレイを冷蔵庫にしまっておいたのを忘れて


ハワイのフラの先生とハラウのコーディネーターの人が


「Rumi、レイはどうしたの?」と聞いて来て


私は一瞬「あれ?どうしたっけ?」と考えていたら


急に恐い顔になり、どこにでも置いて来たり、捨てたらダメなのよ!


と叱られました。


レイはマナが宿っているもの。


最後は自然に還すのがハワイの常識。


ですが・・・


大量に作ったご飯を毎日捨てるのは簡単な事・・・。


これがハワイアンとアメリカンのミックス的感覚!?


みたいですね(苦笑)




マナが宿るのは自然やモノだけでなく


もちろんフラにもマナが宿ります。


フラを踊っていると、気の流れを感じます。


自分に、というよりはフラそのものに気が流れる感じです。


自分だけで踊っているのではない感覚になる時もあります。


そんな時は、宇宙や地球の大地のエネルギーとつながり


確かなゆらぎの中にいるのかもしれません。


心地よくて、何時間でも踊り続けていられる。


そんな感覚です。


その時、そのフラにはきっとマナが宿っているのでしょうね。。。


ひとりで踊っている時にこんな感覚になると


気がつくと何時間でも踊り続けている時があります(笑)


だけど不思議なのが、全然疲れていないのです。


きっと自分だけのエネルギーを使って


踊っている訳ではないからなのでしょうね。



 


フラって本来はそういうものなのかな・・・。


と私は思っています。


ステージでのショーの華やかなかっこいいフラもフラです。


あれはあれで、エンターテイメントでもちろん素敵だと思います。


だけど、フラ本来の姿に帰ったとき


そこに「気」が自然と流れて


踊りたいから踊る。


誰かに見てもらう為じゃなくて


かっこよく踊りたいからじゃなくて


ただ純粋に踊りたいだけ。


それはマナだと思う。




なかなか普段のレッスンの中で生徒さん達に


こういう事を伝えるのは難しいけど


フラそのもので伝えていけたらいいなと思うし


このスタンスだけは変えないでいきたいなと思っています。


これが「Halau hula o Manamaoli」だよね。


といつか言われるように。。。







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