もうすぐ同い年。 | 負けないシングルマザーからステップファミリー生活

負けないシングルマザーからステップファミリー生活

別居〜調停離婚経てシングルマザーに。そしてまさかの再婚でステップファミリー生活始まりました!

私の父は、20年前に46歳でこの世を去りました。
血管造影の薬剤によるアナフィラキシーショックでした。
1週間の検査入院の予定でしたが、入院してちょうど1週間後に父は遺体となって我が家に帰って来ました。











私はもうすぐ45歳になります。
父が亡くなった歳まであと一つ。










私には来年もやりたいことがたくさんあります。
行きたい場所もたくさんあるし、食べたいものもたくさんあります。
チビの成長もずっと見ていたいし、夫とも来年も再来年もずっと仲良く過ごしたいです。









46歳だった父は、こんなにやりたいことや見たいものがたくさんある中で死んでいったのかと思うと本当にやり切れない気持ちです。
あると思っていた明日が、未来が、泡のように消えた。









私たち家族が、ショックを起こした父と面会できたのは、その10時間ほど経った後でした。
ICUで、父はたくさんのチューブや医療機器に囲まれ、意識はなく、機械で心臓を動かしており、身体や顔はパンパンに膨れ上がり、私たちが知る父の姿ではありませんでした。
今でもあの光景は目に焼き付いています。









最期に父は何を思っていたのか?
薄れゆく意識の中で、何を思ったのだろうと今でもふと考えます。
「このまま死ぬ」とわかっていたのかな?
だとしたら、父は無念だったろう。
交通事故に遭ったように、一瞬ですべてが終わったのかな?
だとしたら、父は自分が死んだことに気付くのに時間がかかったろう。









今、コロナウイルスで地球上のすべての人々が生命の危険に晒されています。
もし今日感染して、1週間後に死ぬとしたら…この1週間をどう過ごしますか?







最期だからといって、
家族と過ごしたくても過ごせません。
会いたい人にも会えません。
行きたい場所にも行けません。
最後の晩餐で食べたいものも食べられません。









私は看護師です。
非常事態宣言が出る前と変わらない日数出勤し、非常事態宣言が出る前と変わらない仕事をこなしています。








もう、いずれ感染するなら家にいたい。
仕事行かないで家にいたい。
感染がわかるその日まで家族と過ごしたい。






父はコロナで死んだわけではないけれど、父のような無念な死に方はしたくないです。
父が亡くなった歳に近づき、生命の危険に晒されている今、強く思います。









来年の桜はもう見られないかもしれない。
来年のゴールデンウィークはもう来ないかもしれない。
そう思って、今は家にいるべきです。