端午の節句と言えば ♪ | ウチごはん WASABI

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娘から譲り受け、オカンが頑張ります。

 眠い? ブログネタ: 眠い? 参加中
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眠くないですフネ  でも、不眠症らしい‥

この子は、どうかな !?

ウチごはん WASABI 5月9日で3ヶ月となる優希君でぇす いえー

最近は、笑顔でよくおんご言葉をしゃべってくれるんじぇ~
  可愛いったら ありゃしない ラブラブ

端午の節句の内祝い 頂戴致しました ありがとう

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音譜 箱の中身は何じゃろか~~~ 音譜


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定番のお赤飯 んま


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かしわもち 2色 と ちまきクラッカー        ユニコーンの角みたいやけんど、ちゃううんじぇ

オカンが幼少の頃は、竹藪山に入って、蔓になっとうつるつるピカピカの葉っぱやった。

  息子の時も同じやったけど、最近は違うのねぇ

葉っぱに巻いて、そのまま蒸して、

  餡子の甘みと葉っぱの酸っぱさが、

     なんともいえんハーモニーをかもし出してたんやけど んま




フネのプチ薀蓄

・急に暑くなるこの時期は、昔から病気にかかりやすく、亡くなる人が多かったそうです。
その為、5月を『毒月』と呼び、厄除け・毒除けをする意味で菖蒲やヨモギ・ガジュマロの葉を門に刺し、 薬用酒や肉粽を飲食して健康増進を祈願します。
「菖蒲湯」にこの時期入るのも「無病息災」を願う慣わしやね。


◆柏餅

柏餅は、柏の葉に上新粉とくず粉(片栗粉)を混ぜてつくった「しんこ餅」に、あんを挟んだものを置き、柏の葉を二つ折りにして包んだお菓子の事です。


・柏餅が日本の歴史に登場したのは、寛永年間(1624~1644)頃のようです。
柏の葉は、新芽が出ないと古い葉が落ちないという特徴があるので、 「子供が産まれるまで親は死なない」即ち「家系が途絶えない」という縁起に結びつけ、「柏の葉」は「子孫繁栄」につながります。

・中国から渡ってきた端午の節句行事としては珍しく、柏餅は日本で生まれた食べ物だったという事です。

・当初は塩餡を用いていたようですが、江戸時代後期になって小豆餡や味噌餡が一般的になりました。
「守貞漫稿」5月5日の項で「男児生まれて初の端午には粽を配り、二年目よりは柏餅を贈る・・・江戸にては初年より柏餅を贈る」「赤豆餡には柏葉表を出し、味噌には裡(うら)を出して標(しるし)とす」という風習が記されています。



◆粽(ちまき)

・ 柏餅が日本のオリジナル祝い餅な一方、粽は中国の行事とセットで日本へ伝わってきた習慣です

中国は戦国時代、紀元前278年のことです。楚(そ)の国の高名な詩人、屈原(くつげん)は国王の側近としてつかえ、人々からも慕われていました。しかし陰謀のため国を追われることになった屈原は、ついに汨羅(べきら)という川に身を投げてしまったのです。その日が5月5日。屈原の死を悲しんだ人々は、たくさんのちまきを川に投げ入れて弔いました。

ところが漢の時代に、里の者が川のほとりで屈原の幽霊に出会います。
幽霊曰く、「里の者が毎年供物を捧げてくれるのは有り難いが、残念なことに、私の手許に届く前に蛟龍(こうりゅう)という悪龍に盗まれてしまう。だから、今度からは蛟龍が苦手にしている楝樹(れんじゅ)の葉で米を包み、五色の糸で縛ってほしい。」 と言いました。

・それ以来、楝樹(れんじゅ)の葉で米を包み五色の糸で縛って川へ流したので、無事に屈原の元へ供物が届いたのでした。

・これが粽の始まりと言われています。屈原の故事から、中国では五月五日の節句には、節物として粽を作り、親戚や知人に配るという習わしが生まれました。


・そして、その風習は、病気や災厄(さいやく)を除ける大切な宮中行事、端午の節句となったと言われています。時が流れて後、中国の三国志の時代、端午の節句は、魏(ぎ)の国により旧暦五月五日に定められ、やがて日本にも伝わって行きました。

・ そして日本へ端午の節句行事とともに伝わり、今日に至っているわけです。