明治は男の時代だった。
二百年以上もの間、鎖国、藩幕体制をしいていた徳川の時代が終わりを告げ、倒幕を牽引した藩のリ達が新たな政府を樹立した。
元号を改めて、明治とする。
明治日本は、欧米列強に追い付くために強い国づくりを目指し、実際に日清日露の両戦争を経験した。
武骨な明治が終わると、華やかな大正時代がやってくる。
女流文学が流行し、女性の地位向上のための活動が盛んになっていった。
大正ロマンという言葉はまさに女性的な時代だったことの象徴である。
一転、昭和は激動の時代だ。
軍国主義の波に乗って日本は太平洋戦争に突入。
男たちはお国の為、家族を守るために命をとして戦った。
そして敗戦。
その後の昭和は、戦後復興、高度経済成長、と見事に復活を遂げたがやはり日本の成長を牽引していったのは男たちだった。
そんな男たちを支え続けた女性の力を忘れてはいけないが、昭和が男の時代か女の時代かと問われるならば、間違いなく男の時代だったと言い切ることが出来る。
平成はあらゆる面において女性の時代になった。
これはもう議フ余地がない。
日本は元号が変わる度に、男女男女の時代の変遷を繰り返してきている。
これは単なる偶然かも知れないし、後付けこじつけの類いかも知れない。
たいした根拠もない。
ただ、人に運命があるように、家族、会社、国家、などの集団にも必ず運命がある。
繁栄があれば衰退があり変革が起こる。
元号が変わるということはつまり、今上天皇の崩御を意味するわけで、日本国民としてそれを前提に話を展開するのはいささか気が引けるのだが、あえて書くならば、平成が終われば、必ずまた男の時代がやってくる。
男の時代がやってくるということは、国家的な変革が訪れるということでM男ある。
再び戦争が起こるということはないだろう可能性は0ではないが、おそらくそれに近い激動を経験することになるだろう。
それまでの価値観が変わり、日本の姿が新しくなる。
そんな時代の幕開けを俺たち三十代は四十代で向かえることになる。
つまり、次の時代を牽引するのは俺たちなのだ。
その時、俺たちには何が出来るのか。
女たちは再び男を支える側にまわるのか。
そういう覚悟をもつのも悪くない。
恐怖政治橋下氏の調査批判mediaid4
