あなたの子は、 あなたの子ではありません。
自らを保つこと、 それが生命の願望。
そこから生まれた息子や娘、 それがあなたの子なのです。

あなたを通してやって来ますが、 あなたからではなく、
あなたと一緒にいますが、それでいてあなたのものではないのです。

子に愛を注ぐがよい。でも考えは別です。子には子の考えがあるからです。
あなたの家に子の体を住まわせるがよい。 でもその魂は別です。

子の魂は明日の家に住んでいて、
あなたは夢のなかにでも、そこには立ち入れないのです。

子のようになろうと努めるがよい。
でも、子をあなたのようにしようとしてはいけません。
なぜなら、生命は後へは戻らず、昨日と一緒に留まってもいません。

あなたは弓です。その弓から、子は生きた矢となって放たれて行きます。
射手は無窮の道程にある的を見ながら、力強くあなたを引きしぼるのです。
かれの矢が早く遠くに飛んでいくために。

あの射手に引きしぼられるとは、何と有難いことではありませんか。
なぜなら、射手が、飛んで行く矢を愛しているなら、留まっている弓をも愛しているのですから。

カリール・ジブラン『 預言者 』



何か皆に伝えたくて書いてみた。最近の親は子供を愛してはいるがただ愛してるだけでそのものの人権を認めようとはしない。自分より、下等なもんの様に見ている気がする。

まるで愛犬を愛でるかのように。

犬を自分の子のように可愛がる人間もいるかし、ゴッチャになってるんじゃないでしょうか?





アナタは正しく人を愛していますか?











俺は元気です
生き絶えたマエストロ。絶望のタクトを振る。

生き絶えたマエストロ。絶望の拍子を刻む。

心に穴を。顔には愛想を。不敵な笑みは黒い空に隠れる。

月は赤く染まる。


変わらぬ日々に変わらぬ愛を。愛という名の欲望を。

手足が黒く染まる。


生き耐えたマエストロ。今日もタクトを振る。

生き耐えたマエストロ。明日は希望を棒に振る。


感情を荒げる事も隠す事も出来ず。今日もタクトを振る。その指揮棒をへし折る事も出来ず、その腕を地面に叩きつける事も出来ず。

生き絶えたマエストロ。絶望のタクトを振る。

生き絶えたマエストロ。意思無き指を虚ろに追う。
























俺は元気です
何の為に音楽をするのか?


紛れもなく自分自身の為だろう。


客に対しての見せ方は考えたりもするけどそれも結局は自分自身の為。


てめぇが楽しむ為なんだ。


結局は自分自身なんだよ。自分自身がないプレーは誰の心を打つ事は出来ない。










俺は元気です