皆さんこんにちは![]()
こちらにアクセスして頂きありがとうございます♪
乳がんを標準治療を一切受けずに闘った姉の闘病生活を綴っております。
そばでサポートしてきて見えた事、感じた事をより多くの方の参考になってもらえたら、という思いで書いております![]()
今日のお話は、緩和ケアすらもやめた姉…
についてです。
前回のお話では高カルシウム血しょうの症状を抑えるために【ゾメタ】という薬を月に一度打ちはじめたのですが、結局その薬も11月の投与を最後に3回でやめました。
本人の強い拒絶感からです。
投与をしてすぐは副作用が出るのですが、それも1週間も経てば逆に調子が良くなり、薬の効果はあるなと私は実感してました。
ところが本人は薬のおかげで良くなっているのだとは思っていませんでした。
1年近くは良い日と悪い日を繰り返していたので、取り分けて薬で良くなっているとは思っていなかったようです。
薬で良くなっている事を認めたくなかったこともあるでしょう。なにせ薬嫌い、治療嫌いだったので…。
ところが半月過ぎる頃から徐々にまた悪くなってきて、吐き気、だるさ、食欲不振、喉の渇きなどなど、諸症状が出てくるのでした。
緩和ケアでは月一度、採血での検査、そしてゾメタの投与による点滴とで、姉はその2つをものすごい苦痛と感じていたようです。
先生が診察のたび、家でどんな具合だったのか、診察までの体の調子を確認するのですが、姉は自分の調子の悪さをあまり正確には伝えず、薬の効果で良くなっている事も余り正確には伝えず、横で私が補足をする事が多かったのです。
誤魔化していたわけでもないと思うのですが、本人はもう1年以上も良い悪いを繰り返し少しずつ下降してきていたので、感覚が麻痺していたのだと思います。
そして緩和ケアの先生は、
●熱があれば解熱剤
●気持ち悪ければ吐き気を抑える薬
●胃が調子悪ければ胃の薬
など、患者には極力痛みを我慢させず、いかに苦痛を取ってあげるかが仕事です。
ところが姉は真逆です。痛みがあろうと苦しいだろうと、
【極力自然なままでいたい】
【自分の体に化学的な薬を入れたくない】
なので、
【痛みや苦しみは極力我慢する…】
と、なかなかの強い意思。
どうして頑なにそこまでしても薬を嫌がるのか。
一度思い込んだら中々考えを変えられない頑固な性格。それはガンを作った大きな要因のひとつでもありました。
「これは体に悪い!毒だ!」
と姉が思ったら本当にそれは毒になるのです。
私や母は、
もうそんなに残された時間が長くない事は何となく分かっていましたし、そんな限りある時間なのだから薬でラクに過ごして欲しいと思いました。
だってすでに体はガンに侵されボロボロなのだから、薬を体に入れたところでガンが益々進行するわけでもないし、寿命が大幅に変わるわけでもありません。
残されたわずかな時間の大半を苦痛で過ごすのなら、出来るだけリラックスして心穏やかに過ごして欲しい、、、先生含め、家族皆同じ思いでした。
ある意味姉は全く諦めていなかったのです。
周りから見たら痩せこけ、筋力も衰え、歩くのもやっと、肺と骨にまでガンが進行しているこの状態でも、人間の自然治癒力を信じ、まだ望みを持っていたのです。完全寛解までは望んでいなかったのは確かですが、何とか努力でガンの進行を遅らせて、まだあと3年は生きると思っていました。たまにそんな先の話をしていたからです。
そして、ある時…
いつもとは違う、胸の下辺りに激しい痛みがあり、姉はその痛みにさすがに耐えきれなくなり、緩和ケアを急きょ受診するのですが、その時に出されたのがモルヒネ。
先生はこれを機にこのモルヒネを常に飲み続けないといけない、と言いました。
飲んだり飲まなかったりはできないと言いました。
先生の前では、納得できない感情も我慢していましたが、その後、病院を出てからその感情は爆発しました。
私が薬局で薬を貰ってきたのですが、その時に飲んだ後の薬の袋について取り扱いを説明され、毒性があるので気をつけるよう指示されたと、姉に説明したところ、その薬がモルヒネだという事に気が付き、姉は激怒。
「そんな強いのなんで出すの?これはガンの痛みじゃない‼︎明らかに違う痛みなのに、なんでモルヒネなんて毒薬出すの?私はまだそんな末期なわけじゃないのに」
とキレまくりました。
やはり、まだ自分は末期ではないと思っているのです。
でもその頃、季節は秋でしたが、年越しは厳しいかも、、、と緩和ケアの先生が、私と母にだけこっそりと教えてくれました。
お医者さんの余命予測は当たる時もあれば当たらない時もあるのは、義母の死の時や周りの話などで知っていましたので、あまり当てにはしていませんでしたが、私の中でも1年はないなと感じていました。
そして、モルヒネは結局、その日最初で最後、一度だけ飲みました。
痛みに耐えきれなかったのと、私の説得もあり、その日だけ取り敢えず飲みました。
後日、波動医学の先生の方を受診し、相談したら、結局
普通の西洋医学の病院の場合、先生もマニュアル通りにやっているだけなので、
この痛みにはこれ、この時期のガン患者にはこれ、などといった形で、患者の意思も何も余り関係ないのです。
そして、この胸の痛みの原因は「帯状疱疹」だった事が波動医学の先生のところで分かり、抗生物質を飲み、その後痛みは治りました。
これを機に姉の緩和ケアへの不信感は更につのり、結局、緩和ケアをやめる事になったのです。
緩和ケアの先生との詳しいやり取りや、その他、家族が抱える不安な要素などについてはまた次回お話させて頂きますね!
では読んで頂き有難うございました♪