昨日、私は頭から何か出てきそうなくらい頭痛がひどく、一日中寝ていました。


いち早く鎮痛剤を飲めば良かったのかもしれないけど、前の日は午後には良くなったので、今日もすぐ良くなるかな、と信じたく、しばらく飲みませんでした。


私も姉に似ているなあ、と寝ながらつくづく実感。結局、姉は2年間の闘病中、漢方薬や菌を殺す薬以外、鎮痛剤とかは一切飲まず、痛みに耐えてきたんだよなぁ、、、と。

でも姉は2年間の我慢だったのに比べ、私は1日で我慢も限界でしたが。

私もあまり薬は好きではなく、極力飲みたくないと思う方なんですが、、、

痛みに耐えきれず飲む事に。


薬を飲んでから1時間経って、薬が効き、やはり薬の必要性も実感。


姉は多分少しアスペルガーが入っていたと思います。いわゆる障害ではないけどグレーゾーンってやつ。

我が家は遺伝で私の父親、兄、私の息子、皆グレーゾーンの人達なんです。姉も頑固でこだわりが強く、独身時代は片付けられないオンナの一歩手前みたいな部屋で、結婚してからもあまり家事や子育てがスムーズではなく、家庭科みたいに手先が細かい作業は苦手、などなど、グレーゾーンでしたね。恐怖心も強く、なくなると困るからと、買いだめする癖もありました。

話が少しそれましたが、要するにアスペルガー気質が強い人って、こだわりもすごいんですよ。

とことんそうしてしまう、みたいな。

だから姉は

西洋の薬=毒

西洋医学=対症療法=意味がない

って信じ込んでましたから、絶対受け入れられなかったんですね。

可哀想なくらい不器用なんですよね、生き方が。

でも可哀想っていうのは私の見方であって、姉は薬を飲まない方が幸せだったと思うんです。


骨の転移で高カルシウム血しょうになってゾメタ(高カルシウムを抑える薬)を打った時の苛立ちと、後々まで続いた後悔の念。

思い出します。


父は未だに死んだ姉に対し、

「早く検査しておけばよかったのに」

「治療もしないで放っておいたからあんなに早く死んだんだ」

「バカだ」

と言います。


でも薬すら拒む人だった訳ですから、検査して治療して投薬して、、、なんて何年も耐えられたでしょうか?

耐えられないから姉は「ガン放置」という選択をしたのです。自分で分かっていたから…


だから自然に枯れていく事を選んだのです。



私もまた病気という立場に立たされたら色々考える事も変わってくるのかもしれませんが、生活に支障が出てくるほどの痛みの時は「有り難く」薬を飲もうと思います。


今回は、姉が大嫌いだった「対症療法の痛み止め薬」に私は救われ、大感謝をしたのでした。


何事も感謝ですね。


薬よ、好きじゃないけど、ありがと〜♡