みなさん、こんにちは♪


乳がんを「無治療」で闘い、45歳でこの世を去った姉をそばで支えてきて、感じた事、わかったこと、見えた事などを綴っております。


闘病記に関しては過去のブログを見てくださいね!





今日のお話は、、、、



その後【残された家族】について


です。




今ガンで闘病されていて、現在小さい子がいる母親だったり、父親だったりする人も多いかと思います。

姉も乳がん発覚当時、小学6年生の娘を持つ母親でした。


子供にもいろんなタイプの子供がいますので、率先して母親代わりをやる子もいれば、マイペースで、そんなに母親のお手伝いをできない子、子も様々、色々です。


姪っ子は後者のタイプ、マイペースであまりお手伝いは出来ないタイプでした。



なので、夕飯も買い物も私や母がやっていました。

母である姉の身体の状態に関してもあまり関心がない、というか、あくまでもマイペースでした。

子供ですし、まだ分からないのも当然ですし、仕方ないです。



でも一度だけ、姉が娘に「自分の身にもしもの事があった場合」を話した数日後の事でした。


姉がお腹を壊して、苦しそうにトイレに一時間程閉じこもっていたのらしいのですが、そしたら何か不安を感じた娘はパニックの様な状態になり、家中の電気やエアコンを付け、娘の部屋の中はグチャグチャになっていたそうです。


そんな事があったので、姉がいなくなったらどうなる事か、、、と心配でした。


けれども2年半の間、徐々に弱ってくる母親の姿を見ていたからでしょうか。



実際に姉が亡くなった時は病室で泣いていましたが、その後は意外とケロッとしていて、いつ会っても元気で天真爛漫なままでした。


母親を亡くし、寂しくないのか⁇

不思議に思ったので

「ママいなくなって寂しくないの⁇」

と聞いてみました。

すると、

「寂しくなくはないけど、また会えるし」

と言いました。


姉はスピリチュアルが大好きでしたので、きっと娘にもそれを話していたのでしょう。


子供だから余計素直に心に入ってきていたのでしょう。


きっとこの2年半のほとんど毎日、辛そうに機嫌悪くしている姿を見てきて、時には当たられる事もしばしば。

動くのがやっとな姉が、娘に水を持って来させたり、薬を持って来させたり、、、

こき使われた事もしばしばあったでしょう。

ネットの見過ぎだと口うるさく毎日言われ嫌気がさしていたのも事実。


姉がいなくなってどこか解放されたような感覚もあったんだと思います。


元々「親子愛」とか「母親らしく」とかそんな風ではなかった姉。

どちらかというと、母と娘というより、個と個という関係でした。

でもそれが逆に良かったのでは…と今は思います。


子供は意外と強いです。


私は、ここ10年の中で、自分の割と身近な存在の人が若くして亡くなる、、、という経験をけっこうしています。

姉を含めて4回目。

(このお話はまた改めて詳しくお話させて頂きますね!)


なので、母親や父親を失った子供を身近で見てきています。

大人が思うより皆元気で普通にたくましく生活しています。

そりゃあ、今後いろんな経験をするでしょう。

こんな時母がいたらなぁとか、父がいたらなんて言うかなぁとか…


でもそれも、その子の魂が親を早くに亡くすという経験を選んでこの世に生まれて来ているのです。自分でそれを経験するために自ら選んで来ているのです。

そこに魂の成長があり、気づきがあるのです。


この世が全てではなく、ここは体験の場。

物質的な肉体を失うだけで、魂は無くならない。

全て無になるのではなく、きちんと存在している。元の場所に戻って、そこでまた会えると。

感じようと思えばいつでも感じる事ができるのだと。



そして、旦那さんはというと、、、


まだ先があると思っていたようで、信じられなかったようです。

だから、最後病院で姉が死んだ時は、

「薬が多かったんじゃないか」とか言い出しました。

そうなんです。受け入れられないとはこういう事なんです。

誰かのせいにしたり、批判したり非難したり。

そうでもしないと気持ちのやり場に困るんですね。

なので、どの方向に行ったとしてもブレない心の在り方が必要となるのです。それは残される側も逝く側も同じです。



そして、私はというと、姉が亡くなった時はもちろん泣きましたが、寂しさではなく、やっと闘いが終わったね、という、姉を讃える気持ちでした。

卒業式で泣く感覚に似ています。


辛いとか、寂しいとか、やり切れないとか、早すぎる!とか、医療がダメなんだー!とか、先生がダメなんだー!なんて全くというほどありませんでした。

だってそれはそうなる事を彼女が決めてきた事で、私もそれに対して気づきを得るために姉妹として選んで来たのですから。



お葬式の時も不思議な感じがしました。



遺影を見ていて、なんだか、ゲーム終了のような、映画のワンシーンを側(はた)から見ているような感覚。


姉と私は年子だったので、小さい時は本当にいつも一緒。


2人にしか分からない幼少期の思い出が沢山あります。


のんびり変わり者の姉と、しっかり者の現実主義者の私。大人になって結婚してからも家は近いし、結婚も出産も1年も差がなく、姉はいつも私を頼っていました。

私も世話好きなので、頼りにされても全く苦ではありませんでした。


そんなんで大人になってからも常に身近な存在でしたが、姉の「死」に対して冷静に受け止められたのはスピリチュアルの学びのおかげ。


これを知ってるのと知らないとでは本当に大きく違います。


うちの両親はスピリチュアルなど無関心で、父親に関しては「そんなのくだらない」とまで言う人でした。

父は、姉が早くに病院に行かなかった事、抗がん剤などの標準治療を受けなかった事、若すぎる我が子の死に悔やんでいました。

母は、私のスピリチュアルの話を、姉の闘病中に少しずつ受け入れるようになっていた為、だいぶ落ち着いて死を受け入れる事ができるようになっていました。



スピリチュアルは宗教ではありません。


私は宗教には入りません。

宗教には良い面も悪い面もあると思います。


私は宗教が良くないとか、宗教に入らない方がいいなどという考えは全くありませんし、何を信じるかは個人の自由であり、宗教に入っている人を批判はしません。


人は心の持ち方で意識の在り方でいかようにも変われ、その人が良いと思えば、よりよく生きられるからです。


家族の死を受け入れられず、後悔や悲しみ引きずりながら生きるのか。

家族がそれでは、逝く側もすんなりあちらにいけません。

引き止める事にもなりかねませんので要注意です。


皆さんの心の中も、いつでも穏やかな心地良い風が吹いている事を祈ってます。


最後まで読んで頂いてありがとうございました!