友達ってなんでしょうね。


子どもの頃は、ただ一緒に遊ぶ友達、クラスの隣の席の子とかその程度で特に定義なんて気にしてないし、それだけで友達って堂々と言えた気がした。


でもだんだん大人になっていくにつれて、価値観がどうしても合わなかったり、時間が合わなかったりして友達って一体なんなんだろうと考えてしまう時間が増えてしまった。


きっとこれは僕だけではなくて、皆様も一度は考えたことがあると思います。


僕の中で未だにはっきりと明確な友達とは何かという定義は定まっていません。


しかし、一つこれがないと友達とは言えないなと思ったことがあります。


それは、【その人の大切なものを大切にできる】ということです。


一体どういうことか。

その文の通りなのですが、例を挙げて言いますと、僕がお付き合いをしている人がいて、その人のことを、あいつはダメなやつだ、あいつは性格が悪いなどと、やたらめったら悪くいうなどして大切なものを傷つけないということです。

(もちろん本当にお付き合いしてる人の性格が悪く誰がみても良くないのであれば話は別です。)


僕は今22歳なのですが、中学校時代から仲良くしていた友達と縁を切りました。


縁を切ったのは、僕の彼女にその友達が手を出してしまったことが原因です。


お酒が少し入っていたこともありますが、そのようなことを僕は許して笑って過ごせるほど気楽な人間ではありません。


自分自身がどんなに誠実に生きようとしても、何故か被害を受けることがある。


むしろ誠実に生きようとするが故に周りの不条理な行動に振り回されてしまうのだと実感した出来事でした。


きっとこの世の中の誠実に生きようと、自分自身は曲げずにちゃんと自分の足で歩いていこうとしている人たちは大勢いると思います。


僕もその中の一人だと自分を思いたいし、他の人から思われたいです。


その中で辛いこと、苦しいこと、なにもしていないのになぜか失ってしまうこと、そんなことがたくさんあると思います。


だけど、それでも僕は皆様に負けないでいて欲しいです。


そんな生き方やめてしまえば済む話です。


何もかも諦めて、どうでもいい、なんでもいいと思ってしまえばいい話です。


しかし、それが何度も頭によぎっても今日までずっと耐えてきた、踏ん張ってきた、闘ってきた皆様には、どうか優しさと希望を見失って欲しくないです。


僕はこの生き方を変えるつもりはありません。

つまらない、くだらない、綺麗事、偽善だとか言われたっていいです。


その度傷ついてもその傷には絆創膏を貼らずに見せつけながら歩いて行きます。


そしてその傷を見て、どこかの誰かが変わるきっかけに、この世の中が少しでも変わるきっかけに、そして何より自分がこの生き方をしていてよかったと思えるように、これからも歩んでいきます。





皆様も共に歩みましょう。自分らしく。ただひたむきに。



MASASHI