4年前の出来事ですが、
2021年7月27日
母とお別れすることになりました。

突然って訳ではなくて、5月の時点で余命宣告はされていて、、
5月からの2ヶ月間は、何もできない悔しさ、苦しさを常に感じていたのを今でも覚えています。

当時高校生の私には、恥ずかしさから本心が言えず、あまり感謝を伝えることはなかった。いま考えたら本当に愚かだと思います。

緩和病棟に入った頃、
もっと早くから伝えれば良かったと思いながら、意識朦朧としている母の手を握って、「産んでくれてありがとう」と伝えました。母は意識朦朧としているのに、手を握り返し、涙を流していました。

目が開くことはないのに、ただ涙を流す母を見て、目の前にいる母が、私のお母さんで良かったと心から思いました。


“ひまわり” みたいな人なのに、本当は弱くて泣き虫なことを父から聞きました。私にはみせない姿でしたが、父の前だけで闘病中、毎晩泣いていたそうです。
母にもそんな面があって少しホッとしました。


私の名前の由来に、「人に愛される喜びと愛する喜びを知って欲しい」という母の想いが込められています。
いま考えると、基盤となる部分は全て母の愛情から学べたものだと思います。
仕事で忙しかった母。
小さい頃は祖父母と過ごすことが多かったです。
ですが、今思い返しても寂しい気持ちなどは微塵も無く、母が隣にいる時は愛情をたっぷり注いでくれていたからかなと感じています。

母に学んだ愛情を、今度誰かに届けられる存在になれるように精神修養に励みたいと思います。




ママ、いつか今世の土産話を沢山持っていくからそれまで見守っててね。