何もない、ただ清らかな水が足元に満ちている明るい空間。
その中に、幼い黒髪の少女が独りで立っていた。


「あれぇ?……君も『ここ』に来ちゃったの?」


そんな少女に、どこからともなく現れた黒い服を来た少年が話しかける。

「……ねぇ、『ここ』ってどこ?」
少女が首をかしげながら尋ねると、少年は口元に笑みを浮かべて答える。

「『ここ』は『Lost』(ロスト)。『忘却と喪失の狭間で揺れる地平線』さ」
「ロスト?……きいたことない」
「はははっ、当たり前さ。むしろ知られていたら困るよ」

少女の呟きに、少年は笑う。
けれど、少女にとってそんなことはどうでもよかった。




「あの……『ワタシ』って、ダレ?」





この場所に立ってから抱いている疑問を、少女は少年に投げかけた。
すると、少年は先程よりも大きな声で笑い出す。


「アハハハハハッ!今更になってから気づくの?
 


 ………ねえ君、生きてるのって楽しいかい?」


疑問に答えられる代わりに投げかけられた質問に、少女は戸惑いながらも答える。

「え……、うん、たのしい………」
「本当に?……じゃあ、なんで君は『楽しい』って思うの?」
「なんでって………。………あれ?」


なんで、たのしいんだっけ?


少女は頭を抑える。


なにか、なにか忘れてるような。
ものすごく、たくさんのことを忘れてるような。
そんな気がして。


「答えられないのかい?
 君はさぁ…自分ひとりで生きてるつもりなんだろうけど……
 

           君が生きる為にどれだけの命が奪われるのか知ってるかい?」


少女が頭を抑えても気にせずに、なおも少年は話し続ける。
 
「人はさぁ…無意識の内に闇を照らすのを避けてるんだ。
照らされざる闇はより昏く深くなってゆくって知ってたかい?
どんな闇を用いても闇の深さは測れないんだ…。
でもそのことに気付いた時にはもうそこまで届く光は抱けないのさ」

とても楽しそうな愉悦に満ちた眼で。

「例えば、君がいなくなったって誰も困りはしないんだよ。
唯、忘却と喪失の狭間で揺れるだけ…それだけなんだ…」


この瞬間、少女は恐怖に似た、何かの感情のままに走り出す。


大切な薄紫の花のしおりを落としたことにも気づかずに。



「…逃げるのかい? 何処まで逃げたって無駄さ。
僕は君の中にいる…そして彼の中にも…彼女の中にもね。

                      ――――――――」



後ろで少年が何か言っていた。

だけども、とっても怖くて聞く暇なんてなくて――――!







失ウマデ、逃ガサナイ














「……アウア!!」



――――――――――――――――――――――――




「あ、あれ………?」

少女が目を開けると、そこは木陰だった。

そうだ、確かアウアは木の下で休んでたんだっけ。
夢を見た気がするけど……気のせいかな


「起きた?なんかうなされてたよ」
次いで少女の視界に入ったのは、少女の姉の心配そうな顔だった。

「だいじょーぶだよ、ルライト姉。
 ……?ねぇ、その本なに?」

少女―――アウアは姉であるルライトが手に持っている本を指さす。
その本は、まるで水のような透き通った水色の表紙だった。

「コレ?なんかノスフェラの書庫を漁ってたら出てきた。一緒に読む?」
「うん!」





姉妹は仲良く本を読む。
けれども気づいただろうか?

本の最初のページ。



白い服を着た少女の後ろに、少女が出会った少年が描かれていたことを。




本の最後のぺージ。



水しかない絵の隅に、少女が落とした薄紫の花のしおりが描かれていたことを。









―――忘レモノハ在リマセンカ?―――




・あとがき
サンホラの『Lost』を聞いたら書きたくなりました。
見ての通り、『永遠の少年』が元ネタです。
ちなみに、メイローゼ姉妹は故郷ではなくノスフェラの屋敷に住んで居るころの話です。