我ながら馬鹿げている、と思いながらも止められないのは愚かしさか。
「……主、それ以上は」
「煩い。……ちゃんと見張ってろ」
「………」
ヴォロンテはいい悪魔だ。悪魔に良い悪いがあるのかは知らないが。
従える者のことを一番に考え、例え拒否されようとも案じる。本当にいいヤツだ。
けれど優しさは、時に悪意のある形となる。例えば水銀のような、蓄積されないと気付かない猛毒とか。
彼は一礼し、ワタシの部屋からその姿を消す。身体を無数の山吹色の蝶にして、虚空に溶けて。
残ったのはベットの上に座り込むワタシだけ。
床やベットに散らばるのは空になった小さな小瓶に、液体が満ちた無数の注射器。
小瓶に書いてある文字は何だったか。もう思い出す気にもなれない。
「さぁ、始めようか」
一瞬、誰の声か疑うような罅割れた音。そういえば、部屋に引きこもって3日になるのか。
誰とも話さなかったからな、仕方ない。ヴォロンテとは念話だったし、声帯を使って無かったせいだな。
何て、馬鹿げたことを考えたな。自嘲して、あぁもう耐えられない。
腕を指の腹で強く擦る。
そして浮き出た血管に、注射器の針を差し込んだ。
痛みは一瞬。だが、薬品を押し込む指はどうしても震える。
何度やっても、何度繰り返しても。身体が、本能が拒否してる。
拒否する理由は分かっている。分かってはいるけれど、止められない。
「………っあああ!」
薬品が全部入ったのを見計らってすぐさま針を抜く。
腕に滲んだ血を見て、衝動的に注射器を壁に叩き付ける。硝子で作られたそれは、当然のことながら甲高い音を立てて砕け散った。
さらにもう一本、適当に触れた注射器の針を同じ場所に刺して注射。終わったら、今度は床に叩き付ける。
はぁ、と吐いた息が妙に熱っぽい。何だっけなこれ。どの注射器に何の薬品を入れたかなんて忘れた。
どんどん視界がブレてきて、最終的に身体に力が入らずにベットへ身を沈める。どっちか弛緩剤か。
さて、何でワタシが引きこもって自分に薬物――ギリギリまで希釈した毒薬――を投与しているのか。理由は余りにも馬鹿馬鹿しくて下らない。
だから説明するのですら億劫でやりたくない。一言で言わせてもらおう。
自傷行為の、延長線だ。
原因は何だったか。思い出せないってことはきっと些細な理由なのだろう。
けれども、それを切っ掛けに心の何かが切れてしまったのは確かだ。
初めは生理食塩水を注射するだけだったが、たまたま、そう『たまたま』部屋に毒薬を持ってきてしまったことで投与するモノがそれに変わった。
もっとも死にたくはない。だからこそ水で希釈してギリギリまで濃度を薄めている。薬の効きが良すぎる体質は、こういうときに不便だ。
姉のように手首やら足首やら体中を切り刻むという選択肢もあった。だが、ワタシは傷の治りが遅い上、自傷行為で作った傷は消えない。
彼女はワタシのことを完全な化け物と思っているみたいだが、そんな都合のいいことなんて存在しない。
「………っく、ぃ……たい……」
だってほら、こんなにも――痛い。
化け物だったら痛まなくて済むのに、こんなにも痛い。
けど、その痛みが、『ワタシ』を『アウア』にする。
錯覚だとは分かっている。けど、止められない。
(『気付いてほしい』。言葉は元から失っていた。)
何とか腕が稼働する範囲に転がっている注射器を取る。容器に赤いリボンが巻いてあり、中身は薄い菫色。
リボンが巻いてあるのは、『身体のどこに刺しても効果を発揮する』という特性が付属されている特注品らしい。
とある場所からくすねて来たからよく覚えてないが。面倒くさがりのワタシには便利だ、という認識しかない。
さっきの投薬のせいか、身体がうまく動かない。仕方がないから、注射器を手の甲にあてがい、刺す。
動かないのを無理やり動かして、投薬。じんわりと手の甲から腕、身体へ薬が浸透していくに従い、だんだん意識が遠のいてくる。
………これ、睡眠薬か。
ということはここまでだ。
死なないために定めたルール。それは『睡眠薬を打った時点で終了する』こと。よって、今回は3本だけか。
満足いかない、と感じてしまう辺りきっともうダメなのだろう。
「………………助けてくれよ」
ぼそりと、壁に向かって呟いた音を誰かが拾ってくれることを期待して、ワタシの意識は掻き消える。
・あとがき
何か過剰摂取のお話を書こうとしたらアウアが病んだ。
るーちゃんはリスカして泣く子だけど、彼女はオーバードーズ繰り返して少しずつおかしくなっていきそう。
ミーシェ? 記憶ないから無問題(