ダイエットヒストリー10 転落への道~デブ街道まっしぐら
そろそろ私の「オデブ」に磨きのかかる、最近の私のお話です。
忘れもしない2003年4月2日。我が家のsakiがタクシーと接触事故を起こし、左足を骨折。
全治3ヶ月の重傷と診断され、入院を余儀なくされました。くしくも5年生に進級する直前!
当然、クラス替えもあって不安だったけれど、自宅に戻ったところで、私に何ができるわけでもなし。
結局、2ヶ月間もの長い間、sakiは入院生活を送るはめになってしまいました。
ということは…。
当然、私も毎日付き添いのために病院通い。当時、sakiは小学生だったし、なるべく患者の側にいてほしいという病院側の意向もあり、私は2ヶ月間、職場と自宅と病院を、ただひたすら往復する日々が始まりました。
とはいえ当然、全てができるわけがなく、仕事はお休みがち。まぁ自分の体が一番だものね。
でも病院だけは毎日通って、消灯時間までずっと付き添っていたのでした。その影響で、私達の生活のリズムはかなり狂ってしまったけれど、sakiの顔を一日も見れないと不安で不安で…。
sakiが入院していた病院は、自宅から自転車で5分程度のところだったし、他の患者さんに比べれば楽。
だって家に戻って眠れるし、お風呂だって入れたもの。遠くから来ている人は、お風呂すら入れない人もいて、私は幸せだなと思っていました。
すごく疲れたけれど、この入院生活の中でラッキーだったのは、病棟が飲食の持ち込み禁止だったこと。
だからながら食いが全くできず、お昼ご飯や喉が乾いた時だけ、下の売店に行ってた。だからこの2ヶ月は、自然と体重が減っていった感じ。入院中のsakiも
「ママ、痩せたね~。お腹がへこんでいるよ!」
なんて、嬉しいことを言ってくれたりして。当時、体重は計ってなかったから、どれぐらいだったかは不明。
ただ自分でも、なんとなく今まではいていたズボンが緩くなったなと思っていたから、これはチャンス!と思ってた。
でもsakiが退院すると、まるで今までのうっぷんをはらすかのように食べまくりの毎日。
おやつは食べる、残り物は残さず食べる。外食に行っても残り物を全て食べて、なおかつ、コンビニで買ったものも食べる。物足りなくてデザートも食べる。もう食べない時間は寝てるときぐらいってほど、食べる、食べる。
結局、お休みが多く続いてしまったために職場は解雇され、自宅近所の宅配会社でメール便の仕事に就き、毎日の肉体労働に「ダイエット」を期待しつつ、仕事に励む毎日。でも一向に痩せないんだよね。
「こんなに動いているのに、なんで痩せないかな~」
毎日、最低5kmは自転車で走っているのに、減るどころか増えている私の体重。
気付けばウエスト周りも、かなりタップンタップン。もうゴム入りのズボンとスカート以外、入らない。
今思えば、絶えず食べてたんだから、太らないほうがおかしいのに、当時は、メール便で運動をしてるから大丈夫って、変な甘えがあったのよね。家系に糖尿病の人間はいないし…と楽観視してた私。
そんな日々が1年続き、結局、ダイエットして挑みたかったsakiの小学校の卒業式も中学の入学式も、オデブちゃんのままで出席。顔だけ童顔、体型は50代というミスマッチな私が写真に写っているのでした。
そんな写真を見ても、食べることがやめられなかった私。
本当は、おなかなんか全然すいてないのに、食べないといられない。食べるのを止められない。
決しておいしいわけじゃない。目がほしいと思うだけで、本当だったら食べられる量じゃない。
元々、私は食は細いほうだった。特にご飯はあまり食べないで、よく母に「死ぬよ」と脅されたほど。
それがもう食べ物だったらなんでもいい。頭の中には、食べ物のことしかなくなっていったぐらい。
お金もないのに、いつもいつも、無駄な買い物ばかりして。それでも食べることがやめられなかった私。
当然、2005年の健康診断では、いい結果がでるわけがなく…。
この時点で私の体重は68.1kg。 身長は154cm。一目瞭然の「オデブちゃん」。
その時、尿等はプラスマイナス。もしこの時、病院に行っていたら、病気にはならなかったかもね。
でも、私の中で危機感は全くなく、食生活を改善することも、生活環境を変えることもなく、Xデーを
迎えてしまうのでありました…(T_T)