ダイエットヒストリー9 予期せぬ妊娠とストレスで過食症
久しぶりのブログです。なかなか時間がなくってねぇ![]()
さて私のダイエットヒストリーも、とうとう肥満街道まっしぐらなところまで来てしまいました(^^;
2000年の4月。私は在宅ワーカーとして、やっと独り立ちできました。
そこで今までやっていた牛乳配達の仕事をやめ、在宅一本で仕事をやることを決意!
幸いにも、仕事が次々舞い込むようになり、なんとか軌道に乗りつつある時期でもありました。
(それゆえ、天狗になっていた部分も多々あった当時の私
)
当時mikuは小学6年生、sakiは小学2年生になっていました。
4月から5月にかけ、私は少し大きめの仕事を引き受けており、毎日が充実した忙しい日々でした。
その時はまだ、体型をそれほど気にすることもなく、食べたい時におかしも食べているような状態。
それでも洋服は全然着れていたし、自分で太ったと意識することもなかったのです。ところが…。
4月の終わり頃から、少しずつ体調が崩れ出し、なんだか毎日、体がだるいんです。
なんとなく今までの洋服がきつく感じるようになり、だんだんウエストゴムのものや、ジャンパースカートを
はくようになってきました。
その時、私はいくつもの仕事を請けていたのですが、思うように体が動かず、なかなか仕事も進まない。
今まで築き上げてきた信頼という積み木が、少しずつ、ガタガタと崩れ始めていたことに気付かぬまま、
市販の妊娠判定薬を買ってきて調べてみると「陽性」になっている。
「まさか…
」
自分では絶対にあり得ないと思っていたけど、ちゃんと調べてもらおうと病院に行った私。
そこで測った体重はなんと58kg。アチャー、しっかりとリバウンドしてるんじゃん。ショック!!
そりゃそうだよね。今までやっていた牛乳配達をやめてるわ、在宅の仕事でほとんど自宅にいるわ、
動かないわ、それで同じだけ食べてるわだもん。太るの当たり前(^^;
診察の結果、やはり妊娠していることが判明。でも経済的に難しいし、仕事もやっと軌道に乗り始めたところ…。
すごくすごく悩んで、ギリギリまで悩んで、結局、どっちの決断をしてもいいように、病院から個人病院を
紹介してもらい、とりあえずその病院へ行くことに。
最初は先生も、「産めるんだったら、産んだほうがいいよね。体のためにも」と言いながら、とりあえずは
エコーを見ようと言って見てもらったんだけど、なんだか様子が変。心音は聞こえていないし…。
その後の私の血圧も、今まで見たこともないような高い数値。どうりで体、だるいわけだよ![]()
検査が終わり、私がそのことを聞こうと思った矢先、
「あたなの場合、法律で決められている日程がギリギリだらかね。この日にいらっしゃい」
えっ? さっき言ってることと違ってないかぃ? 私はまだ決断を下していないんだけれど…。
でも結局、生むことはできないんだろうしと、同意書にサインをして、手術をすることに決定。
翌週、ダンナについてきてもらって、無事に手術は終了したものの、私の体はもぬけの殻。
1週間後に検査に行き、相変わらず血圧は高いものの、むくみやその他の症状は減っていた。
どうやら私、妊娠中毒症になってたみたい。子供の状態もよくなくて、どちらにしても、妊娠を
続行することは難しかったと先生が判断した結果だったらしい。詳しい話は最後までなかったけど。
私はずっと、この世に生んであげられなかった子に罪悪感を感じていました。(今もそうです)
手術は無事に終わり、体調も元に戻ったけれど、私の中で精神的な部分も手伝ってなのか、
ホルモンのバランスが崩れてしまって、魅惑の60kg台に突入。ヤケクソになった私は、
「食べずに後悔して死ぬなら、たらふく食べて死んだほうがいいんだ!」
そんな訳のわからない理由をつけ、とにかく食べる、食べるの日々。
頭では分かっているのに、止まらないのです。日に日に食べる量は増え続け、自宅での仕事だから
運動は全くなし。そんな生活が何年続いたのでしょうか。
父親が危篤という電話を受け、いつ実家に戻るか分からなくなったので、在宅オンリーから
外勤とのダブルワークに変えた私。その時、自分が着れる洋服はほとんどないことに気付き、愕然!!
必死にダイエットを試みるものの、全てが空振り。結局、ビッグサイズのお店で何枚か、洋服を買い、
それを着回して会社に出るような状態にまでなってしまいました。
それでもなお、私はダイエットをすることができず、日を追う毎に体重増加は増えるばかりでした。
まだまだ女盛りの30代。なのに体型はすっかり中年女性…いえいえ、中年男性のビール腹。
ビールも飲んでいないのにね。これが病気になる前兆だったのです。もっと早く気付けば良かった![]()
外勤に出始めてから2ヶ月後、我が家で大変な事件が起こり、ますますダイエットができなくなった私。
でも精神的には、かなりキツカッタ日々が続くのでした。