「どうして彼を殺したんですか?」
薄暗い取調室。
時計の針だけが静かに時を刻んでいた。
警察官の問いに、彼女は俯いたまま微笑む。
そして、ゆっくりと重い口を開いた。
「……十年前の話です。」
十年前、私は彼に恋をしていた。
誰よりも優しくて、誰よりも大切な人だった。
私は彼の隣にいるだけで幸せだった。
でも、ある日、彼は冷たい目で私を見つめて言った。
「君は、他の人よりも劣っている。」
その言葉は、鋭い刃物のように私の胸へ突き刺さった。
そして彼は、別の女性の手を取り、私の前から姿を消した。
私は泣いた。
苦しかった。
悔しかった。
……憎かった。
忘れようとしても忘れられない。
眠っても夢に出てくる。
毎日、毎日、彼のことだけを考え続けた。
気づけば十年が過ぎていた。
そしてある日。
私は、ようやく彼を見つけた。
「久しぶり。」
私が声をかけると、彼は目を見開いた。
「あ……。」
顔から血の気が引いていく。
「家で話そう。」
彼は震える声でそう言った。
私は黙って頷いた。
家に入ると、彼は何かを話そうとしていた。
でも、その言葉を最後まで聞くつもりはなかった。
私は彼を突き飛ばし、鞄からナイフを取り出した。
一度。
二度。
三度。
何度も。
何度も。
何度も。
赤い血が床を染めていく。
彼は苦しそうに私を見上げた。
震える唇が最後の言葉を紡ぐ。
「……あんたは……悪魔だ。」
私は笑った。
「違うよ。」
「私は、ただ……あなたを愛していただけ。」
話を聞き終えた警察官は、静かに書類を閉じた。
そして、不思議そうな顔で彼女を見つめる。
「一つだけ、お聞きしてもいいですか。」
「何でしょう?」
「あなたが殺したという男性ですが……。」
警察官はゆっくりと資料を差し出した。
そこには、一枚の死亡記事。
『男性、十年前に交通事故で死亡。』
「彼は、十年前に亡くなっています。」
取調室が静まり返る。
彼女は記事を見つめたまま、小さく笑った。
「ええ。」
「だから、やっと会えたんです。」
その瞬間。
取調室の照明が、音を立てて消えた。
暗闇の中で、誰かが低く笑った気がした。