偉人たちの命を奪わないという選択
〜偉人が遺した言葉と、動物への慈悲の思想〜
Essay on Ethics & Compassion
「自分が命を奪われたくないなら、他の命も奪わない」
これはとてもシンプルな考え方です。黄金律とも呼ばれる、自分がされたくないことを他者にもしないという倫理の根本は、世界中の多くの哲学・宗教の中心に存在してきました。
そしてこの考えを、遥か昔に動物にまで広げて唱えてきた偉人たちがいます。数学者、芸術家、文学者——肩書きはさまざまですが、彼らに共通していたのは、動物の命を自分の命と同じように尊重したいという、静かだけどとても強い信念でした。
今回は、出典を確認しながら、その言葉と生き方を紹介します。
01 ピタゴラス
三平方の定理で知られるピタゴラスは、数学の父として知られていますが、西洋での菜食主義の象徴的な存在でもありました。かつて菜食主義者は「ピタゴラス主義者(Pythagoreans)」と呼ばれていたそうです。
ピタゴラス自身の著作ではないのですが、彼の思想を伝える記録として、同時代の学者エウドクソスの言葉が残っています。
ピタゴラスが、屠殺者や猟師に近づかなかったのは、殺生に関わるすべてのものから距離を置くことが、魂の清浄化につながるという深い信念からだったそうです。
そして彼の信念は言葉にとどまらず、生活全体に及んでいました。ピタゴラス派の弟子たちは、羊毛の代わりに亜麻の衣服を身につけ、靴は樹皮で作っていたと記録されています。動物製品を日常から排除すること(アニマルフリー
)が、魂の清浄化と平和な生き方の実践だったのです。
また、イアンブリコスの記録には、ピタゴラスの考え方の核心が伝わっています。
出典:イアンブリコス『ピタゴラス的生活について』
注記:ピタゴラス自身の著作は現存していないと言われています。彼の言葉として伝わるものは、すべて後世の著者による記録です。ただ、前述した通り、ピタゴラスが菜食主義者であったことは確認が取れています。
02 レオナルド・ダ・ヴィンチ
ダ・ヴィンチが菜食主義者であったことは、複数の同時代の記録によって裏付けられています。1898年出版の伝記の中には「ダ・ヴィンチは肉を食べず、完全に野菜だけで生活していた」と記されています。また探検家アンドレア・コルサーリが手紙の中で、動物を傷つけることを許さない人々について語る際に「我らがレオナルド・ダ・ヴィンチのように」と記したとも伝わっています。
ダ・ヴィンチ自身も膨大なノートを残しており、そこにも動物への慈愛が溢れています。

出典:ダ・ヴィンチの手稿(ノート)より

出典:ダ・ヴィンチの手稿(ノート)より
注目すべきは、ダ・ヴィンチが『植物と動物の違い』について500年前にすでに考察していたということです。「運動する力を持たない植物は、動物のように痛みを感じる必要がない」 ダ・ヴィンチのノートより(フリチョフ・カプラ『レオナルドの科学』2007年に引用)と記されています。
植物は動物のように痛みを感じる神経系を持たない。だから、植物を刈り取ることと、動物から命を奪うことを同列に考えることはできないと思います。
注記:インターネット上でよく見かける「やがて私のような人間が、動物の殺害を人間の殺害と同様に見る日が来るだろう」という引用は、1902年のロシア人作家メレジコフスキーによる小説に由来するものであり、ダ・ヴィンチ本人の言葉ではないことが判明しています。ただし、彼が菜食主義者であったこと自体は他の資料で確認されています。
03 レフ・トルストイ
『戦争と平和』『アンナ・カレーニナ』で知られるトルストイは、1885年に菜食主義者となり、その理由と思想を1892年の著作『第一歩(The First Step)』に詳しく記しました。

出典:トルストイ『第一歩(The First Step)』1892年
「屠殺場がある限り、戦場もある」——この一文は、暴力の連鎖について核心を突く言葉だと思います。『他の命を奪う』ことへの感覚が、動物に対してであれ人間に対してであれ、同じ土台の上にあることを指摘しています。
声をあげることも、逃げることも、助けを求めることもできない動物たちの恐怖や痛みに想像を巡らせることができる人が、同じ感覚で他の人間に銃を向けられるとは思えません。暴力への感覚は、毎日の小さな選択の積み重ねの中で、それに慣れていってしまうか(またはエスカレートするか
)、暴力はNO!という意思表示をしていくか、で変わっていくのだと思います。だからトルストイはこう言ったのかもしれません。
人類の道徳的完成への追求、素敵な言葉です。人としてよくあろうとする。それを皆が実践していったなら、社会はよりよいものになるのではないでしょうか。
食べるものを変えることは、自分を変え、世界を変えることと地続きなのだと。私もそう思います。
04 マハトマ・ガンジー
1869〜1948年 / インドの独立運動指導者・思想家、菜食主義者![]()
ガンジーはアヒンサー(非暴力・不殺生)を人生の中心に置き、菜食主義を生涯貫きました。動物への慈悲は彼の思想の根幹だったようです。
自伝の中で、ガンジーはこう記しています。

出典:ガンジー自伝(M.K. Gandhi, An Autobiography)
さらにガンジーは著作集の中で、アヒンサー(非暴力・不殺生)の実践について具体的にこう記しています。

出典:ガンジー『マハトマ・ガンジー著作集(The Collected Works of Mahatma Gandhi)』
ガンジーの非暴力の核心であるアヒンサーは、人間に対してだけではなく、動物への非暴力も含んでいました。20世紀最大の平和運動の象徴![]()

出典:ガンジー『マハトマ・ガンジー著作集(The Collected Works of Mahatma Gandhi)』1958年版
注記:「その国の偉大さと道徳的進歩は、動物の扱われ方でわかる」という言葉はガンジーのものとして広く知られていますが、残念ながら…ガンジーの著作全98巻を精査した研究者がどこにも見当たらないと報告しているそうです。。出典が明確でないため、この言葉の使用は私は慎重にしています。
でも、こういう言葉がガンジーの言葉として広く知られるということは、著作としては残っていないけれど、きっとどこかでガンジーが使っていたのではないかな…と思っています![]()
おわりに

テレビ番組では、”植物を切る映像“は流しますが、“動物が屠殺される映像”は流しません。その線引き自体が、人間が動物の命を奪うことは倫理的な行いではないということを暗に示していると思うのです。それでも、日本では依然として肉食を推奨・肯定することが大勢になっています…
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生き物は、痛みを感じ、恐怖を感じ、生きようとする。それは人もペットもその他の動物も同じ。その事実から目を背けず、自分にできる選択をしていく——それが、私が考える平和への一歩です。
それぞれの時代の賢者たちが、同じことを考えていたという事実を知ってもらえたら、そして、もしほんの少しでも心が動いたなら…できることから1つずつ実践してもらえたらうれしいです![]()
小さな一歩から
・友達を誘ってアニマルフリーランチをしてみる
動物と共に平和に生きることは
自分の中にある”愛“に気づくことだと思います![]()







