算命学を説明する時、

「一般的には占いで知られていますが算命学は古代東洋の哲学です」

…なんていう風に私は言っています。

 

算命学は思想哲学ではあるけれど
初めの頃は

占いの技術に関するところに

興味が湧く人が多いかと思います。
 

私もそうでした。

以前、別のお教室に通っている方に
「算命学の哲学とはどういったところですか?」
というような類のことを

聞かれたことがあります。

その時は、その方が勉強を始めて

それほど時間が経っていなかったのと

そのお教室の授業の進め方を

知っているわけではなかったので
「いずれ触れることになると思いますよ」
と答えたかと思います。

哲学の触れ方というのは

人それぞれだと思います。
 

私も当初は算命学の哲学的な部分よりも

人生に役立つであろう技術の方に

意識が向いていました。
 

理論に感銘を受けることはあっても

哲学に触れているという認識では

なかったようにも思います。

そこで

算命学の真骨頂である哲学に触れるには

具体的にどうしたら良いか?を

考えてみました。

 



算命学の哲学に触れる第一歩は
「占いの技術を自分に落とし込んでみること」
ではないかと思います。

たとえば私が持っている

日座中殺という宿命を例にすると…

日座中殺の人が、

日座中殺について勉強した時に

自分が日座中殺だと知ります。
 

授業で日座中殺の特徴を習ったら
それを自分に落とし込んで

検証してみるのです。
 

勉強の中で日座中殺の特徴は

言葉で表現されているはずですが、

言葉になっているのは

代表的な特徴のほんの一部分です。
 

実際の人生で

どんなだったのかを感じてみるのです。
 

感じたこと、

自分はこうだったと思うことを

自分の言葉で表現してみるのも良いです。


そうすると

習った言葉が生き生きと

立体的なふくらみを持ち始めます。

言葉は言葉でしかないけれど

偉大な先生方が遺した言葉には

エネルギーがこもっているので

自分に落とし込んで考察していく時に

見えないエネルギーの部分が

ジワジワと溶け出してきます。

占いの技術は、

技術であることには変わらないけど

土台には

宇宙自然の法則の下で構築された

古代人の思想哲学があります。


高尾先生は
「人は形あるものからしか形ないものには触れられない」

と著書の中で書かれています。


本当にその通りで、入口としては

技術という形になっているものに触れる、

触れたら落とし込む…

それが哲学に触れる第一歩かと思います。

 

実体験が

算命学の哲学的世界をリアルに呼び覚まし

それらが混ざり合いながら

自身の哲学となっていく。
 

哲学とは机上の空論や過去の産物ではなく

もっと生々しいものだと私は思います。

まぁ…

わざわざ私が書くまでもなく

算命学を勉強している人は

勉強した内容を自分や周囲の人に

照らし合わせて検証しているはずですが、

その当たり前にしていることが

哲学に触れているということで

その積み重ねの中で

何かを見出すことに繋がっているとは

気づいていない場合もあるだろうからと

あえて書いてみました(*^^*)

算命学を勉強している人もしていない人も
占いの結果を

当たっているいないで終わらせないで

自分に落とし込んでみると

その向こう側にある

時空を超えた宇宙からメッセージに

手が届くかもしれません。

 

 

 

 

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算命学師範 瑠子

 

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