続きで今日の記事は
「干合変化」についてです。
「干合」の成立過程を
把握している前提で書いていきますので
必要であれば
まずはお読みいただければと思います。
「干合」というものは
暦を作る行程の中で生まれたもので、
「干合変化」とは月干支を決める際に
生まれたものです。
月干支が定まるまでを
前述した記事に書きましたので
続きから始めます。
「甲」&「己」チームの月干支は、
「丙寅月」から始まる。
「乙」&「庚」チームの月干支は、
「戊寅月」から始まる。
「丙」&「辛」チームの月干支は、
「庚寅月」から始まる。
「丁」&「壬」チームの月干支は、
「壬寅月」から始まる。
「戊」&「癸」チームの月干支は、
「甲寅月」から始まる。
上記の通り、
月干支が定まったまでは良かったのですが
古代人はここで宇宙自然の法則との
矛盾点があることを見つけたのです!
自然の五行配置では、
主体となる者の「子供」は
「南方・火性」の位置にあり、
主体となる者は
「中央・土性」の位置に配置されます。
この時、相生相剋関係は
「火→土」と子供が主体となる者を
生じなくてはなりません。
(年干支から生じたものが月干支だったのに、ここでは相生が逆になるってどういうこと?と思うかもしれませんが、それはここでは書ききれない複雑な理論が絡み合っているので省略させていただきます)
ということは…
「甲」&「己」チームの月干支は、
「丙寅月」から始まるのですから
「甲」&「己」は
「丙・火性」が生じる「土性」に
変化することになるだろう…と
古代人は考えたのです!
でもこれは
古代人が辻褄を合わせるために
そう考えたわけではなく
宇宙や自然を観察して
一つ一つの理論を積み重ねて得た
宇宙自然の法則に則った上での
「干合変化」なのです。
宇宙自然の法則に
逆らうことはできませんから。
よって…
「甲」&「己」は「土性」に変化
「乙」&「庚」は「金性」に変化
「丙」&「辛」は「水性」に変化
「丁」&「壬」は「木性」に変化
「戊」&「癸」は「火性」に変化
することになったのでした。
ちなみに…
「干合変化」したからといって
もとの五行の質が
消えてしまうわけではありませんのでね。
…というわけで
「干合変化はなぜ起きる?」
の解説記事でした。
算命学解釈のお役に立てれば幸いです。
(*^^*)