本と、石と巡礼と。 | おどりめぐりつづり88 ブログ

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~ はじめてのおへんろ旅 2011 ~
88カ寺 お寺をめぐりインド舞踊を奉納して歩くお遍路二人旅

尚です。
 先日、石の語り部の会に御幸森神宮にいきました。須田郡司さんという方の日本の石の旅をスライドでみせてもらいました。自分自身が石にひかれてひかれてさまざまな国や場所に旅したころを思い出しました。お話の合間に演奏してくださったカリンバの音色をきいていると、遠い気持ちになりました。ちょっと泣きそうになりました。
 懐かしいような、切ないような。カリンバの音ってそんな気持ちにさせてくれます。

 その数日前には、東北の出羽三山へ連れて行ってもらい、東北に住む知り合いにあったりしました。東北へ震災後はじめていきました。山の力、歴史の力、祈りの力、なかまの力、いろんなものをいただきました。
 

 そんな折、石の語り部によるスライドショーでの偶然の出会いや、その直後の学生時代の恩師との偶然の再会などなど、
 短い時間に偶然による様々な再会につぐ再会で、ごちそうに次ぐごちそうという感じで、胸もおなかもたらふくになっておりました。景色のフラッシュバック、気持ちの追体験。いろんな時空がめぐるような思いがしたのは、四国のおどりめぐりつづりが現在進行形で私の中の時計を刻み続けているからかもしれません。
 
 スライドショーでの出会いは、偶然となりにすわった方が、
 「サルタヒコオデッセイ」  
 「ガイアのささやき」そのどちらもが生涯手元に置いておく本だろうなという気がしている、ヘビーローテーションシリーズの中の大切な一冊の製作者の方だった。
 たまたまの雑談の中でわかったりして、全部が不思議でありがたいことだった。

 
 「ガイアのささやき」を久々によみかえす。はたと目がとまり何度もよみかえす。

 
→その動きは、小宇宙としての身体の内部から、意識を通過せず直接生理的に紡ぎだされる自然な動きであり、その場の空間の、もつれ絡み合っている見えない糸(邪気)をゆっくりとほぐし、断ち切っていく。法王の手の動きによって、その空間に充満していた見えない邪気が逆に見えるようになり、それが次第に雲散霧消して透明になってゆくのだ。
手は第二の脳とも呼ばれているが、身体の内部から自然に紡ぎだされてくる法王の手の動きは、法王の身体内部(小宇宙)を流れる正しい 気の流れを外宇宙に放出し、外宇宙の気を整えてゆくのだろう。


 この文章をよんではっとした。
自分が「踊り」を感じる原点だと感じたり、単純に感動したところに直接触れるものであった。
ダライラマ法王が儀式の前に砂曼荼羅をつくる前に、場所を清めるというところに立ち会った龍村仁さんの文章です。
 いい本は何度読み返しても新しい発見や気づきがあるなあと思う。
 その時に目に留まらなかったことに関心が持てた。

 7月1日から次回お遍路また旅立ちます。次は3名旅に戻ります。
また報告します♪