おどりめぐりつづりVOL5④ | おどりめぐりつづり88 ブログ

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~ はじめてのおへんろ旅 2011 ~
88カ寺 お寺をめぐりインド舞踊を奉納して歩くお遍路二人旅

第32番札所 禅師峰寺 へ。「ぜんじぶじ」て、10回ぐらいいわないとかみかみでした。

 高知から出発。事前に路線バスをしらべてもしらべてもよくわからず、結果、チョー迂回コースでバスにのり移動。バスも普段お遍路がとおりがからないふつうの朝のふつうの街を、てくてく探す。
 
 地元の人に後できいたのは、高知は、その昔お侍さんが通り過ぎるまで道でであったら礼をしつづけるという風習があったとのことで姿が早くみえなくなるために道がまげて作ってあると聞いたのですが、3人で道をさがしていても、20メートルぐらい先をあるくと見えない。。

 バスで到着した禅師峰寺。
 景色が美しい海沿いのお寺。高知は海にむかって山門があるお寺がおおい。
 地元の人に声をかけてくださっていたようで、何人かのかたが楽しみに来てくださる。
無事踊り終えて、でかけようというときに、船着き場所への道やバスの時間を訪ねていると
乗せて行ってもいいといって声をかけてくださる方がおられたのでご厚意に甘えて移動。

 ほっと。した。
 
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渡し船たのしみにしていたけど、禅師峰寺を終えてほっとしたのと、
こらえてた小さなしんどさとカラゲンキが
かさなって、あと1寺を前に気が抜けて、一人しんどーくなってしまった。
理由があるといえばあるし、ないといえばない。
身体のしんどさがきゅうにきた。

みんなにことわって、一人ちょっとさきを悶々とあるく。このまんまではおどったらしょうもない。
こんなしょうもない気持ちでは、やらないほうがいい。でもそういうわけにはいかない。
やりたいんだ。どうしたらいい?
 あたまとこころがずれている。
 のどがいたいし、声もでないし、笑えない。
もはやエネルギーの容量切れ。か。
 切り替えても切り替えきれない気持ちで渡し船にのる。。時間にしておちこむこと20分ぐらい。
渡し船に乗る。
 気持ちはへんこんでいようとも、船がすきなあまり、船の先頭にたち、このメイクとこの衣装。お供え用に大阪からもってきて、ちょっとしかなくなったカーネーションをいれた紙コップを、お水をこぼさないように右手にもって、のどがいたすぎるために船着き場で買っためったにのまないエネルギードリンクを左手にもって、風をうけながら、現地の生活者の方が一列にバイクや自転車にのりながら渡し船にのっておられるところに、先頭にたつ遍路不思議軍団。しかも、私、若干すねてる。
このシチュエーションが安いドラマのようにみょうに面白くて、目が半分開く。
 
ちょっとくすってなったら、もう大丈夫。
道の途中で、捧げる御花、生き生きしたカーネーションをを買い足すことにした。
そこでおばあちゃんが
「あんた、わたし80こえて一人で花屋やでー、毎日しんどいわー。あんた、なにしてんのかわからんけど、気を付けてがんばり。」
と、オハナを包んでくれている間に独り言のようにいってくれたおばあちゃんのことばで完全に気持ちが切り替わる「はい!」となる。
こころがぱかっとなる。

 雪蹊寺さん。第33番札所。さくらが咲いていた。
光りがさしていて。素敵だった。
 ハプニングがありながらここまで来ました。

 ありがとう。るくさん、くみこさん。きたねー。きたねー。ありがとう。
踊り終わる。るくさんの瞳にきらりひかる光のしずく。
 大地をふませてもらって天に伸びて、ただここにある。
二人で踊るいみ、こころひとつの踊りができた気がした。
雪蹊寺さんでした。


心と体を出来うる限り整えて臨む。
今後の遍路でもそれを大事にしていこうと思う。
 
迷惑をかけること、よろこんでいただけること、どうしていいのかどれが答えなのかも
わからないけれど、どれも様々なバランスである。
 「元気でたー」と今回声をかけていただくことが何度かあり。
それが最高のお褒めのことばで、私自身に戻ってくる。
 わたしこそ、元気をいただいて、何があっても、なにがなくても次に向かう。
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