日々刻々2(尚日記) | おどりめぐりつづり88 ブログ

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~ はじめてのおへんろ旅 2011 ~
88カ寺 お寺をめぐりインド舞踊を奉納して歩くお遍路二人旅

 るくさんとの出会いは、13年前。当時町をはなれ、電気もガスもない田舎暮らしをしている素敵な世界観をまとった美人な彼女をみて、憧れて、同じ名前 ナオコという響きにも似たような背格好であることもなんだか親しみを覚えた。
 すぐに仲良くなって、踊りのことや舞台のことやいつも何時間でもしゃべっていた。(いまもだけれども)。
 彼女がこころをきめてインドに渡ったときも、彼女が日本で不必要になったたくさんの電化製品や家財道具をもらって、私は一人暮らしに踏み切った。

なかがよいといっても、いつもいっしょという仲良しではなく、どちらかというと男同士のような小ざっぱりとした関係だったかもしれない。あいつががんばってる!おれも頑張る!的な。
 すこしお姉さんのるくさんを、生意気なことをいうのはいつも私やけど、ほんとに何歩も先をあるいている背中をみながら、憧れながら来たかもしれない。
 
 9年前?にさかのぼる。るくさんが決意しはじめてインドへ舞踊留学へいったとき、ダンスフェスティバルを見に、もちろん彼女に会いに、踊り仲間の姉さんと二人でインドへ旅行にいった。
 旅行中のある日の印度での朝、太陽があさからがつっと照りつける、テラコッタの床の小さなるくさんのアパートで、すっかりスパイスにつかれた胃に味噌汁かなんかをつくってくれて、テーブルはないので、床で朝ご飯を食べながら、「踊りでしたいこと」の話をしていたことは覚えている。
  そのシチュエーションは、ハッキリ覚えているが、その時にるくさんが四国巡礼をいつかすることが夢だったいった。(らしい)私はその時目を輝かせていた(らしい)。
 んでもって都合のいい私は、そのエピソードの具体的なことを記憶にとどめず、自分の夢に勝手に置き換えていた。(よくやりがちではずかしい)。
 時をへて、それがいつのまにか(わたしの勘違いもあいまって)二人の夢に置き換わり、一人ではできなくても二人なら力強くできるね。なんていつしか話し合うようになっていた。
 「いつか、かならずやろうね」が合言葉。

 そっから、こんだけの時間がながれるとは。。
 一言でいうと、お互いの人生がなかなか忙しかった。ということと、時を経てすべて(心も体も状況も)がととのったのが今だったということ。

 その間に何度も具体的に話し合うたび、話が行き詰まる。
 うーん。無理かなあ。で終わる話し合い。
 「無理やろ、①荷物はこべへんやろ。またあるときは、無理やろ、②人に迷惑かけるやろ、無理やろ、④全体的にぜったい無理あるやろ。④ハート折れるやろ。」
 最後は、でもやっぱり、いつかできたらいいね。と言い合った。

 何度目かの渡印前日、るくさんがまじめな目で、なおこさん帰ってきたら四国いこう。インドいって私が頑張ってる間、ちゃんと現地のこと、整えといてよ。といつになく大真面目に言った。
 私は目を白黒させながらも、「やってみる」と答えた。

 結果半年後 るくさんが帰ってきた。今年の1月。
  何一つ具体的に動かず、無理な理由だけを重ね確信になっていた。
もうなーんもやりたいことなんてないよーん。とか、
 巡礼って自己満足ちゃうん。だれにもみられへんところで淡々とやるのが修行ちゃーうん?とか、
 いろんな自分のやりやすい答えをだしていた。

 普段のんびりで、おだやかなるくさんがいつになく「なんか自分でもわからんけどあせってるねん。時間がない。本当にはじめよう。」と強く四国のことをいう。
 「ごめん、なんにもしてない」といい、必死でそのいいわけをした。「どう考えても、むりやろう、本気で巡礼している人もいるし不謹慎ちゃうやろか。」「そもそも巡礼ってなに。」「するとしたら、ただの巡礼をする。踊りはしない」とはっきり言い切った。
 そう、私はこのときに、その件に関してはシャッターを自らおろした。いつものやり方で。ナチュラルに。

 「すごく、残念。一緒にやりたかったけど、でも私一人でもやるよ。」
その後、るくさんはそういったような気がする。
 おいてけぼり。。やっぱり胸はいたんだけど、それすらもう私の中で自分の火を燃やすことはなかった。その日とその後の電話で、「ほんとにショックだった」というるくさんの声を聴いても、わたしのカチコチの心は、なんにも動かなかった。
 もういいねん。
 こころの扉が、静かにしまり。。。かかっていたのは確か。

  本当は、すねて隠れてる自分を知っていたし、踊りに限らず、自身を信頼して前にでる力が不足していた。逆に言うと踊りはそれだけパワーが必要なものかもしれない。それゆえに、こんな曇った気持ちで、ましてや神や仏の前に出ることに、無理を感じたのかもしれない。 

 つづく