メモリーオブマルーン ~阪急宝塚駅地上時代 その佳景。 | THE RUINS OF KOBE.

メモリーオブマルーン ~阪急宝塚駅地上時代 その佳景。

前記事より続き、この橋台の向こう側。

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築堤は抉りとられて、何もない。

と、いうよりこの部分は高架化なった時点で今の手塚治虫氏記念館にあった「阪急のりもの館」がこちらに移設されていた、その建物が撤去され、現に至る…ということになる。

大半の展示物、貴重な車両などは正雀工場などに引き取られ、鉄道模型レイアウトなども…元気に、してるかな。

して。

阪急宝塚駅、今はもう、かつての地面の高さもほぼ全くわからないくらいに変わってしまって。

辛うじて、ホームのあった部分はこの辺り、かな、と。

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駅前商業施設の搬入口? と、ふりかえる。

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自転車置場となってる、と、いうことは…

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当然ながらこの部分、この道路の部分に踏切があったんだ。

車もようやく通れるかの狭い、ただ宝塚線と今津線の線路をまたぐわけで長さは、あった。

木が敷いてある旧いタイプの踏切でクルマが通過、ともすれば人が通っても木を踏めばコトコト、と。

渡り終えれば花の道、その手前には常設露店の花屋さんや靴屋さん、そう、そんな…

閑かな、駅だった。

そんな頃に思いを馳せれば、やはり未だに揺れる部分がある。

もう、見られない…

あの頃の風景、ただ、漫画「じゃりン子チエ」で当時の阪急宝塚駅が出てくる、お好み焼屋、元遊興倶楽部の社長こと百合根光三が離婚後妻の預かる子供に久々に会いにゆくシーン、それにチエちゃんとヨシ江はんもついていって…といったエピソードの舞台が宝塚駅のホームそして前述の踏切が漫画に描かれている。

氏らしく、"そこそこ"キッチリ描かれていて、とても嬉しいん。

そんな、私の思い出いっぱいの宝塚駅もあらためては今は昔、同じくして宝塚ファミリーランドも今や某私立の小学部やタワーマンションの乱立、急速に過去に追いやられようとしている。

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辛うじて残された、今も稼働されている。

~メリーゴウラウンド 回る 馬達が 涙浮かべ 光に包まれる~

住宅展示場の中、ちょっと居たたまれなさそう。

広大な敷地、公道を越える歩道橋は今もある、ゼクロスのイベントも此処で開催されたはず、かつてはモノレール、リフトもその車道の上を、さらにもう一つ奥の道の下をくぐって、様々な施設があった。

今は、潰えてしまい。

寂しいけど、またいつか、もう少し探索してみよう。

懲りないR.O.K.E.^。^/
(了)