阪急電車名物、往時のダイアモンドクロッシング。 | THE RUINS OF KOBE.

阪急電車名物、往時のダイアモンドクロッシング。

 そう、今津線分断そして西宮北口駅高架化なる前。

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 こんな、平面交差が、あった。

 その頃の情景を再現した模型があるって、ようやく見に行けた。

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 線路の継ぎ目部分は然るに大きく、そのまま通ると車輪、車体、線路に大ダメージ、ゆえにその部分だけ盛り上がらせてフランジ部で走らせていた、と。

 それでもその通過音の凄まじさ、音を遮る建築物が無かったのも手伝って、私が幼少時をすごした甲陽園まで響いてた。

 で、そもそも「名物」とな、実はこの平面交差は"路面電車"だと然程にも珍しくないん、何がそんなに珍しいか、って。

 専用軌道、レッキとした鉄道、しかも通勤需要の高い、自ずと速度向上が求められる、そんな路面電車とは列車速度が全く違う速さで、そんな路線にこんな低速で通過しないといけないものがあることからして、寧ろダメだった訳で。

 無論大いに讃えたい、でも無碍に讃えるよりそんな背景に思い馳せれば、国鉄との阪神間スピード戦争も廃止の起因なんやなー、って考えれば感無量。

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 南東から、ってことになる。

 この横、南西には。

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 思い出多き、西宮市民そして何より阪急ファンの誇り。

 西宮球場。

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 今はもう、無い。

 球場だけやない、駅の東西南北、ほぼ全ての街並みがもう、無い。

 再整備が整って、綺麗には。

 それが、全ての人々の思惑どおりに。

 …なる筈もなく、辛酸も喜楽も今の情景。

 殊の外、甚大だったこの地域の被害、大震災。

 それを乗り越えて今、乗り越えた今がある訳で。

 一概に寂しがる訳でもない。

 でも。

 でも、

 あの頃は、ホンマによかったわ。

 模型を見ながら、色々、いっぱい思い出し、やっぱり思いを馳せ、帰路に就いたのでした。
(了)