大垣、で見たもの。 | THE RUINS OF KOBE.

大垣、で見たもの。

 スリヌケスイスイ、でサクリと大垣に到着。


 しかし。


 目的地は大垣からさらに20km、西濃鉄道とか見て見たかったけれど・・・


 目的地へ、その道中、頭上に鉄橋が。


 ”?"とミラーで少しチェックすると、何と「トラ柵」が・・・


 !!!!!


 用事を済ませた後に赴いてみることとし。


 モレラ岐阜のち、その端を走る「樽見鉄道」を少しだけ観察、撮影してまいりました。



 途中の駅にて。


 樽見鉄道の車両、比較的新しいようです。


 そう・・・


 ともすれば、三木鉄道の車両もここを走ることに・・・


 引き取り車両のハナシは、結局どうなったのかな!?


 4/13時点。

200804131720001.jpg


 三木駅に留置されていました。


 もう1両は恐らく、シャッターの中、詳細記事は後日・・・


 ・・・


 して。



 モレラ岐阜開設に伴って駅が設置されたようです。


 画像は「モレラ岐阜」号、とあります、そこそこの乗車率でこの列車は旧車両?が連結されていました。


 見れば車両形式は「ハイモ」・・・

 

 ハイモ?


 ???


 フム、駅を考察。



 足下には境界杭。


 よく見ると、「工」マーク。


 そう、この路線もかつては"樽見線"、国鉄の路線だった・・・


 3セク化、その営業にはご苦労絶えないことでしょう。


 がんばっていただきたい、どうか。


 そして・・・


 3セクではない、詳細はまだ調べられてはいない、のですが。


 先ほど述べた"廃線"、どうやら名鉄、さんの路線だったようです。


 看板には「平成17年廃止」とありました。



 

 文字通り、名もない駅。


 路線真ん中ほどの交換駅。


 ちょっと、オジャマしてみました。




 発条(バネ)式転轍器。


 当然ながら、私ごときの人力ではピリとも動きません、そもそも既にサビついていました。








 足下にはジョージア発売当時の空き缶がペシャンコに。


 ・・・


 ??


 これは・・・


 まあ、いいでしょう。


 終点まで行ってみたかったのですが、時間がなく諦めました。


 これに出逢うことができたのも。


 ムダにしたくはなく、また可能な限り、その姿を留めてくれているうちに訪れて調査したい、と強く思っております。



 揖斐川を渡る橋梁は中途までその姿を留めていました。


 この先、路線はさらに分岐していたようです。


 いつか。


 オマケ画像。


 先の交換駅の横を流れていた川、川の中にマンホール??


 フタが流れ着いたのか!?


 ・・・?



 樽見鉄道の踏切手前にあったペイント、そりゃ確かに、踏切の略号はコレ、ですが。


 標識としてこのように表示されているのは初めて見ました。


 そして、帰路。


 米原駅にて。


 以前から気になっていた、車窓から眺め見えるJR総研の敷地に展示されている試作?車両。


 その画像。











 3両展示されていますが、いずれも詳細はわかりません、新幹線の試作?実験??車両か。


 この画像を基に、資料を集めてみたい、と思います。


 チナミに。


 このJR総研、及びその横のヤンマーさんの建物、そしてその周りはまさに、その偉大な功績を残した米原機関区の敷地跡。


 その調査も進めたいところではありますが、折しも、その空地も急速に整備が進められており、成果は望めないかもしれません。


 そもそも・・・


 この撮影地点、もアンマシ、望ましくはナイ、カンジでした。


 大変失敬!!


 さらに、帰路を急いでいると。


 8号線、彦根駅前にさしかかった時。


 寒くて、多少気になるものがあってももう、ノンストップでヒタスラ進んでいたのですが、これは・・・


 気にならずにはいられなかった。


 ムム、画像もわかりにくいのですが、ちょっと時間の都合で一旦記事を区切らせてもらいます。


 次記事にて。

(続)