昭和の佳景は 追憶の彼方へ。
去る3/14夜。
そして、15日の朝。
「なは・あかつき」号と「銀河」号を見送ってきました。
ニュースでも大きく、採り上げられていました。
乗車していた年配の女性のインタビューに対する答え"寝ている間に目的地に到着できるから着いてからが楽"と。
何かと、今ほど便利ではなかった時代。
よくぞ此処まで残っていてくれた。
文字通りの利用者激減、そして機関士さんの定年退職による人出不足。
という名のもとに。
何かと手間で線路を傷める機関車列車は淘汰の一路を辿るのみ。
この"別れ"の侘びしさは、昭和を生きた人々にしかわからない、といえば云いすぎ、でしょうか、でも。
・・・
大阪駅にて。
車両は撮らず、ただ、見送らせてもらいました。
実は、殊「銀河」号に関しては北方貨物線にて回送状態を見送りました。
これまたマイノリティ・ヴューです、勿論私しかいませんでした。
この、回送状態の魅力は、見送りとは関係ないかもしれませんが。
その魅力、はまあ、何というか「機械好き」な方なら分かってもらえる・・・かもみたいな^^;
それは、またいずれ。
と、翌朝は両列車の離合が大阪駅、喧騒の中そっと見送らせてもらいました。
と、ふとその横には。
トワイライトカラーの81牽引の「日本海」が。
コレはちょっと、撮らせてもらいました^^
そう。
そうそう、"ブルートレイン"といえば。
と、大阪駅桜橋口より出場して。
見に行ってみました。
そう、
コレも無くなる、ということか。
まだ辛うじて「富士・はやぶさ」とかはあるから、でもやがて。
いっぺん何か送ってみようかな ̄~ ̄
で、ついでに少しだけ界隈を考察。
梅田貨物駅もあと僅か。
周辺、外堀りから埋め尽くされていってるような感じ、です。
冷静に、こんな大きな主要駅前がこんな貨物駅、なんて今日ビもう・・・
昭和の遺景。
見られるのも、後僅か。
と、帰路に。
この梅田貨物駅の端には新大阪から環状線への短絡線、貨物列車の他「はるか」や「くろしお」などの特急列車、さらに朝イチには紀伊田辺行き普通列車にも使われているようで。
ここの踏切にも昭和の遺物が・・・
??
???
!?!?
アレ!?アレアレ!?!?
ああッ あああああッツッッッツ!!!
・・・
ああ・・・
踏切遮断棒。
"棒"になってしまってる!!!
ココの踏切は今や激レア、かつては国鉄の踏切といえば、のワイヤ巻上げ式やったのに、つい、こないだまで・・・
ココも、あとわずかやのに、そのままにしておいてほしかったな・・・
アレもいうなれば機械式、整備が煩雑やったんかな・・・
と、昨夜から朝にかけて"オレはいったい何をやっとるンや"と、冷静になれば、ね。
でも。
お別れ乗車、先週ちゃんとしといてよかった。
と、あらためてさようなら。
ありがとう、ブルートレイン。
のち、とり急いで仕事に戻ったR.O.K.E.なのでありました。
して、来週からは三木鉄道の記事を上げてまいります。
と、そうそう。
来週の水曜は、とても大切な。
"彼女"とも、お別れの日、です。
忘れてませんよ。
・・・
・・・忘れてました^^;
ウムム、お別れラッシュやなあ・・・
また、記事上げてまいります。
(了)









