そして、「銀河」号とのお別れ。 | THE RUINS OF KOBE.

そして、「銀河」号とのお別れ。

 熊本より、ヒタスラ。


 スタコラ。


 ことのほか、接続はよく。


 食事できたのも、ようやく姫路で・・・


 115系さんのこれでもか! と90度なボックスシート。


 と、過酷な旅路は・・・


 前夜、仮にも寝台列車で寝れたコトもあり、長閑な車窓はわりと楽しめました。


 電車とて越えるにあえぐ瀬野~八本松も、起きていました。


 いつか、EF67が砂を撒きながら貨物列車を押す姿を見に来たい。


 と。


 予定とおりに22時に大阪着。


 予想とおりの人出・・・


 は、いいとして。


 そりゃ、そりゃあね、私も思いつきました、考えました。


 今回で、いよいよブルートレインは本格淘汰、最後のその汽笛も聴き届けられるかどうか、大阪駅に赴く機は得られるか、行く気になるか、行きたいけど、わからない。


 でも、あと1週間、まあ、違うよな~・・・


 と。


 そしたら。


 おられたんです。


 おられた、ワケなんです。


 イヤ、花束を用意されていた方が、ね。


 わかるけど、ビミョにあと1週間あるわけで。


 まあ、その方も、その時しか機会が無かったのかな。


 機関車の窓を叩かれまして。


 かなり、戸惑いながらも、機関士さんはその、大きな花束を受け取っておられました。


 佳き、光景と。


 しておきましょう。


 そして。


 幾人かの親友が、見送ってくれたのはとても嬉しかったです。


 さすがに、ちょっと感無量になり。


 発車。




 B寝台の、上段。



 転げ落ち、はせんやろけど、チとコワかったです^^;


 また、"HHHHHH・・・"ではなく、"工工工工・・・"だらけの寝間着に身を包み、就寝。


 もう、ひたすらに寝ときました。


 東京、着。


 





















 ま、パシャパシャと撮っておきました。


 この「オハネフ25 46」も、程なくして解体、か。


 幼少時、興味は無かったけれども空前のブームやった「ブルートレイン」、折しも既に時代には取り残されていた・・・


 今迄、ほぼそのままの姿で。


 お仲間さんたちの中には、ダイヤ遅れた時、ラッシュアワーの妨げになるから、と品川止めにされてもた輩もいた、と。


 地元特急にも抜かれ。


 大阪では新快速にも抜かれたり。


 何より、利用者数はスズメの涙。


 よくぞコンニチまで。


 頑張ってくれました。


 ちょっと、予定入ってたけど。


 ムリしてでも、カナリムリしてでも。


 最後、見送りに行くわ。


 ありがとう。


 (了)