「なは・あかつき」号とのお別れ。
特急&寝台券が京都からだったので、京都から乗車。
まあ、一応撮影。
どんな撮影機会も大切に、しないといけないのですが。
寝台列車牽引就役車たる、お星サママーク、これもお別れ、と咄嗟に。
機関車の後ろには、「なは」編成用の電源車、カニ24。大型のエンジンが詰まれています。
「あかつき」は14系にて、分散電源、客車の床下にエンジン1基×2・・・
カニの"ニ"は"荷"物車の"ニ"、ここに荷物が積まれていたのか。
最近まで新聞、とかも送られていたかな。
これは・・・
まあ、止む無し、金帯車両も私より少し年上、位。
撮影しつつ、それぞれとの永遠の別れ。
もう^^;
ともあれ、乗車するのはこの車両。
乗車。
ホームとの段差、客車の時代は早や彼方。
撤去よりも、シール1枚。
まあ。
これは連結部の車内より。
「なは」、沖縄まで行く筈はなく、往時の悲壮なまでの"願い"がこめられてのもの。
細いコーラ、メチャ久々に見たぞ。。;
爽健美茶も、午後紅茶モ、細い、しかし、今日ビこんな、現物はカナリ、Hard to findのような・・・
買ってみれば。
ホンマに細かった・~・;;
個室、Bですから、ベッドだけ、です、でも私的空間、ミョウに心地佳く。
寝間着。
こうです、"工"=国鉄のマーク。"H"ではなく、ね。
だらけ、でした、ウワサにはきいていましたが、まあ、何とも^^;;
トラディショナル!? な客車の洗面台、お湯もチリバツで´~`
そう、コインシャワーもバツチリ^^;;;
冷却飲料水。
紙コップ。
例の。
こう、しろと。
こうして、水を入れて、飲め、と。
中学生の頃、1度新幹線に乗車した時もそうでしたが。
そう、思いましたが。
これ・・・
確かに、合理的やとは思うけど。
思うけど。
「ケン●ョー」やん、コレ・・;
・・・
・・・と、これを見て思ったのは私だけでもないようで、同感してもらえる方けっこう多数。
です。
で、大阪駅あたりまで起きていて、もう就寝。
・・・
・・・
・・・
!?
!?!?
!?!?!?
寒い。
・・・!!!!
暖房効かない!!!!!
見ると・・・
手を当てるとホノカに温風が、よくみると恐らく直下が吸入口、・・・
詰まっとる・・・!!!!!
寒い!!
ホジくってとろうか思たけど、もうええわ。
毛布も小さい!!
よく寝れなかったです、まあベツにエエけど、あんだけ払って寒さでロクに寝付けないとは思ってもみなかった、まあ、いいです´~`;;
そうして、5時過ぎは一応下関の機関車付け替えを見学、やはりEF81300番台ではなかったので、チラ見して"部屋"に戻りました。
帰りにも見たけれど、門司機関区には早や"キンタロー"=EH500型交直流電気機関車が多数配備されており。
色褪せ同じ赤でもクスミ、それは各車両様々に・・・
EF81の淘汰も時間の問題か、と、300番台も見当たらず。
もう、引退したのかな。
なぜ、殊300番台に執着しているのか、それは。
防錆のステンレスボディも綺麗で好きですが。
初期に上げたこの記事で↓
http://ameblo.jp/ruinsofkobeexplorer/entry-10026966027.html
幼少時より、お世話になっております^-^;
朝、熊本着。
この、目で見送りたかった、そうするべき、と。
でも、まあ撮ってきました。
ヘッドマークはそのままでした。
カメラの人だかり、中には"さよならツアー"が。
皮肉なことに、健在時に企画しようにも料金の高さゆえに組み込みようがなく。
せめて。
ご盛況のようで、旗を持った添乗員さんは記念撮影の案内におおわらわ、でした。「
そう、この九州の"赤"の機関車に牽引される姿を、しっかりと目に焼き付けておきたかった。
ホラ、画像は全然あかん。
と、やがて回送列車は出発。
そう、これを一番しておきたかった。
帽子を脱いで、見えなくなるまで見送り。
ありがとう、さようなら。
永遠に、お別れの侘びしい、しかし頼もしく、力強い後ろ姿、この際電源エンジンの排気もタップリ吸って。
全身五感でお別れをしておきました。
(了)
高圧ゆえに碍子ものものしい交流機関車。
交流機関車がパンタを後ろしか上げない理由、それは。
最近漸く知ることができました。
まあ、後日別途に話すこととしましょう。





























