そして、私の壮大な疑問への鍵を握る機関車との、邂逅。 | THE RUINS OF KOBE.

そして、私の壮大な疑問への鍵を握る機関車との、邂逅。

 以前に得ていた情報、それは間違いなく。


 彼は、鳥栖の地でその価値を見出され、手厚く保存されていた。


 現存する国産最古の蒸気機関車、旧国鉄表記230型 268号機。


 その、極めて高い価値は無論、評価するべきではありますが。


 私はこの"個体"に、その可能性がある、という情報を得ており。


 それは・・・


 大きな謎を孕んだまま、その姿を潰えつつある国鉄有馬線。


 その探訪記事↓


 http://ameblo.jp/ruinsofkobeexplorer/entry-10037956237.html

 http://ameblo.jp/ruinsofkobeexplorer/entry-10038077055.html

 http://ameblo.jp/ruinsofkobeexplorer/entry-10038178775.html

 http://ameblo.jp/ruinsofkobeexplorer/entry-10038303874.html

 http://ameblo.jp/ruinsofkobeexplorer/entry-10038454195.html

 http://ameblo.jp/ruinsofkobeexplorer/entry-10038836488.html

 http://ameblo.jp/ruinsofkobeexplorer/entry-10038959932.html

 http://ameblo.jp/ruinsofkobeexplorer/entry-10039153818.html


 その残景とともに、そこを走っていた列車、汽車の資料もかなり少なく、知ろうとすればする程に困難を極めます。


 そんな中、実際に有馬線で活躍した汽車が鳥栖で現存している、との情報を得、漸くそれを訪ねる機会に恵まれ。


 いざ、目の当たりにはしましたが。


 その、確定的な要素を見出すことはできはしませんでした。


 とはいえ、可能な限りに記録的撮影をとり行い、それを基に解析を進めてゆきたい、と思います。


 今から、記事にはその画像を上げてまいります。


 と、そもそも有馬線を走った機関車が鳥栖に・・・


 という"疑問"も発生するかもわかりません。


 しかし、それは全く、不思議なことではないのです。


 当時、都会圏から進められていった電化は、蒸気機関車の淘汰=無煙化、それに伴って汽車達が地方へ向けて、その活躍の場を追いやられていったのは確固たる事実、その中で関西から九州への"出向"があってもおかしくはないのです・・・


 今、いえることほぼ、それだけですが。


 調査は今開始したばかり、がんばります。


 !!


 では、画像を。



 残念なことに、鳥栖に来るまでの変遷は不明、と片付けられていました。


 しかし、そんなことはないはずです。


 解明に尽力を尽くしたいところです。


 以後、詳細にわたり。














































 以上、ざっと上げてしまいました。


 この中から、少しでも手がかりになるようなものが発見できればよいのですが。


 この解析、分析の上での解明を、今年の大きな達成目標とします。


 !!

(了)