鳥栖操車場跡 ~偉大な産業遺産への、ただ、オマージュ。 | THE RUINS OF KOBE.

鳥栖操車場跡 ~偉大な産業遺産への、ただ、オマージュ。


 博多駅にて、リレーつばめ。


 車両横にも"Relay TSUBAME"とデザインされていますが「有明」などにも充当されている様です。


 かつて新幹線未開業時「つばめ」には乗ったことあります。


 JR九州は、カッコええ車両多い、ですね・・・


 撮らなかったけど「かもめ」のんとか・・・


 して。


 鳥栖駅前広場を、ホーム跨線橋より。


 かつて、此処には・・・


 北九州の拠点たる機関車区、貨物操車場が、その規模たるや東洋有数と。


 しかし、今となってはその面影を探るも、それはこの広大な敷地のみ、往時を偲ぶ術はなく。


 全てが潰えた芝生広場を巡ると、漸くモニュメントが。


 近寄ってみて。


 そう・・・貴重な当時の写真、荷役に、汽車の整備にと相当に繁忙を極めていたはず、労働に勤しむ方々の人数も、凄まじかったのでしょう。


 栄光の「さくら」牽引に充たったC57型蒸気機関車。


 さすが九州機、門デフ仕様が勇ましく。


 話は逸れますが、今の時期「SLばんえつ物語号」牽引のC57180は、期間限定でこの門デフを装備されて走行、活躍されている様です。


 私はこの夏、豊岡で静態保存されている同じく門デフを装備しているC5711号機を目の当たりにし、甚く感銘を受けたのですが(↓記事)


http://ameblo.jp/ruinsofkobeexplorer/entry-10045545824.html


 それが実際、走行しているところをこの目で見て見たいものです、昨年仕事で新潟方面へ赴いたのですがその時には時間がなかったのと、そもそもその時にはC57180号機は全検で運休、DD53型ヂーゼル機関車が牽引の役を替わって務めていました。


 また、近くに機会に恵まれればよいのですが。


 この鳥栖の地、やはり九州の産業発展に大きく貢献した学ぶべき点の多きこと計り知れぬ筈、資料をさらに集めて知識を蓄えた上で、いつかまた訪れたく思っているのです。


 と、駅周辺を探索していると。


 早やその存在は風前の灯、ヘッドマークも勇壮な下り熊本行きのブルートレイン、「はやぶさ」。


 鳥栖駅に入線してきました。


 ED76型交流電気機関車、先に私が乗った「ムーンライト九州号」も、九州圏内は彼と同型機に牽引してもらいました、その画像は撮り損ねたのでその代わりに^^;


 暫し停車のちやがて、ゆっくりと出発してゆきました。 終着まではあと、一頑張りです。


 このあと、地元特急にもぬかれてしまうこの「寝台"特急"」・・・


 関西では、西行きブルートレインは上りも下りも夜間、なのでこの日中の走行を目にするのは、とても新鮮です。


 ブルートレインも終焉の時が迫りつつあります。


 機会が許される限り、何とか触れ合っておきたいです。


 と、走って撮りにいきましたが、ふと、。その足下には。



 境界杭、私の好きな^^; 「工」マークの、近代版、といったところなのでしょうか。


 私はこの"JR"版は、初めて見かけました。


 そうして、ふと見上げると。



 駅の構内にただ一つ、凛凛しく聳え立つ照明塔。


 考えてみれば、今やもう、ただ旅客扱いの駅、こんな照明塔の必要性は、さほど感じませんが。


 形状から見ても、操車場時代のものであると思われますが。


 この一つだけ、意図的に遺されているのでしょうか。


 だとしたら・・・


 周りを見ると、荷役倉庫らしきやや旧い建物が今も稼動の上、存在しているようです、やはりもう少し詳細にわたって考察してみると、何か見つかるかもしれません。


 いつか、早くその機会を設けて赴きたい。


 との願いは切に、募らせながら、この記事を締括と、します。

(了)