鷹取駅南、油槽引込線跡。
続編記事より、随時再開してまいります。
今記事はとり急ぎ前記事↓より"予告"していた油槽引込線廃線跡を紹介します。
http://ameblo.jp/ruinsofkobeexplorer/entry-10056385173.html
この画像は鷹取駅南西部、下から見上げるとどうやら「車両止め」のようなものが残っています。
以前に電車に乗って見た時はちょうど一線分の"空地"が存在しており、どうやらその本線から分岐していた線路から油槽引込線に繋がっていた様です。
今の撮影地点から線路に沿って東へ。
本線から離れ、レールが南に向かって緩やかな曲線を描いていた部分。
屋根が付いていますが、現在は自転車置き場として活用されている様です。
自転車置き場を利用されている方々の中にそのヘン?なカーブのレイアウトの所以を知ってくれている人はおられるのでしょうか。
その自転車置き場を南側より。
この撮影地点には。
これはその地点を東側より撮影したものですが、交差点の先の道はヘンに隆起しています、これぞまさに踏み切りがあったなによりの証拠!であります。
そして・・・
その"踏切"を越えてさらに南側にはマンションが建設されておりますが・・・
そのマンションの全景、北西より撮った画像ですが、建物自体が若干カーブを描いております^^
マンション南側より。そこから南を向いて・・・
駐車場になっていますが、単線分では駐車スペース確保もままならず、斜めに設けることで何とか通路を確保しています、これは各地の廃線跡でもよく見受けられる光景です。
南下直線・・・
これも廃線跡地に建てられた家屋で。
そして。
ちょっと、画像、撮影が歪んでしまいましたが、廃線跡はこの部分の2号線を大きな踏切で越えて、海沿いに現在もある油槽に向かって伸びていました。
また当時この2号線に敷かれていた神戸市電ともクロスしていました、その時の写真、市電と自動車を待機させ、2号線を横断、闊歩していたタンク列車を見たことがありますが、それを牽引していたのは・・・
折しも終焉を迎える日をそう遠からずに控えていた蒸気機関車。
"彼"が牽引していたタンク貨車に積まれていた燃料は彼がしようするものではなかった。
勇壮なるも寂景の一枚、と私的には解釈せざるをえませんでした。
そして、2号線より南の部分は、画像に写るローソンの敷地の一部となり、それ以降に現存しているやや広めの遊歩道が"跡"と思われますが、それ以降はかなり、分かりにくくなっています。
調査しようにも、かなり厳しい。
ここで、国土交通省の当時の航空写真に頼らせていただきましょう。
御興味ある方は、一応貼り付けておきますのでご覧になられるとよいでしょう。
「ドク」にツッコまれそうな表現なので、私はあんまり好きではないのですが、データはかなり、"重い=ヘヴィ"ですよ^^;
http://w3land.mlit.go.jp/Air/photo400/79/ckk-79-1/c16/ckk-79-1_c16_17.jpg
鷹取工場の壮絶なレイアウトも見てとれます。
・・・こう、航空写真を見ると、ホント廃線跡探索にハマッてしまいmす>v<
まあ、ボチボチではありますが、引き続き調査してゆきたいと思います。
オマケ画像、これは数年前に鷹取駅がリニューアル工事が施工されていた時、どのようなモニュメントが設けられるのか楽しみにしていたのですが、結局。
壁にこのヘンなんが埋め込まれたのみ、多くの名機を生み出した鷹取工場へのオマージュは、こんなんに集約されないとダメなのでしょうか。
クシャミしたら何かでてきそうなイキオイであります-_-
・・・
では!
(了)










