神戸 和田岬線の現景 ~後半。
では、後半へ・・・
先記事、"3連腕木式信号機"があったと、本線用と川重専用線用、と・・・
もう一つ。
もう一つは恐らく、この。
兵庫駅の南側にはかつて兵庫港貨物駅があり、そこから港に伸びていた線路がありました。
その線路は和田岬線と暫し並行し、川重を過ぎて暫くした辺りで東側に分岐、兵庫港突堤から荷揚された青果や、中ノ島にある中央卸売市場専用線からの商品も運び出されていたようです。
そのリポート詳細は機を改めるとして。
和田岬線踏切より。 まあ、気をつけて。画像右奥の若干の空地部分、の辺りから分岐していた様です。
画像は兵庫港貨物線跡より和田岬線との分岐点を望む。
画像一番奥の壁向こうが和田岬線の線路が。 まさにこの舗装路が線路跡、でしょう。
そして、撮影地点より反対側には新川貨物駅、そこそこの規模のヤードがあった様です。
昨年辺りまで長らく空地、貨物ホーム跡らしきコンクリート部が空地の真ん中にあったのですが・・・
とうとう、マンションの建設が始まってしまい、駅跡は無くなってしまいました。 ・・・
と、兵庫港貨物線に関しては一昨年から地道に調査を続けており。
線路跡、なんて一本しかないわけですから簡単!!
のように思えますが。
これが意外に難しく。
完全に潰えてしまった部分など、コトの他困難を極めてしまうのです。
今秋、その集大成、として不肖ブログに調査記事を上げさせていただきます。
久々の廃線跡記事、ということになりますが。
ついてきていただけるかどうか^^;;
秋は廃線あと日和!!
がんばります。
オマケ画像。
http://ameblo.jp/ruinsofkobeexplorer/entry-10052757226.html
↑前々回の記事に記した「鐘紡記念病院」改名なった「神戸百年記念病院」。
法人名に「鐘」の字を遺されているようです。
一先ず、以上です。
では。
(了)



