生瀬のウヰルキンソン工場跡。 | THE RUINS OF KOBE.

生瀬のウヰルキンソン工場跡。

 武庫川を渡すバイパス俊成なり旧176号線となった生瀬橋西詰の交差点脇には、かつてはタンサンで有名なウヰルキンソンの工場がありました。

 ここはまさに日本の飲料炭酸水発祥の地。

 明治初頭、折しも山へ狩猟に赴いていたC.=ウィルキンソン氏は崖に湧き立つ炭酸水源を発見、極めて優れた成分を含有との分析結果に本格工場をこの地に建設、「C.=ウヰルキンソンタンサンミネラルウォーターカンパニー」を設立し国内のみならず世界に販売の手を広げました。

 その後軍事接収、戦後に返還の紆余曲折、80年代にはアサヒビールに製造・販売・商標を取得され、'90年迄その役割を果たし、100年に渡る歴史に幕を閉じました。

 その後暫らくは敷地内には大量の空瓶ラックやパレットなどが放置されていましたがやがてマンションの建設計画が持ち上がり、地域住民の方々のご尽力も虚しく、極めて歴史的価値の高い工場の建物は破壊され、跡地には大型マンションが建てられました。

 今回はその跡を訪ねるべく、何はなくとも以前からよりたいと思いつつも機を逸していた、敷地跡横の公園にある'ウヰルキンソン記念館'に足を運ぶと、何と…

 入口の窓から中を覗き見ると、何にもなくガランドウ(‥)

 よく見ると壁には幾つもの楕円の形をした、展示物のアトカタが微かに見える。

 きけば記念館建設こそなったものの、その管理はあくまで地域の自治会に委ねられてしまい…

 そもそも展示品は先述の様にウィルキンソン氏のご趣味であった狩猟の猟果の剥製の数々、しかしそれらを自治会のみでの維持は困難極めたようで、市や県の協力を得られぬままに著しく損傷の進んだその展示物は断腸の思いにて昨年、貴重な資料と共に処分されてしまった…との事。

 惜しまれます、壁の跡形はそれでガテンがゆくも、私にできた事、せめてもう少し早く訪れてそれらを目にしておくべきだったとの後悔の念は何の足しにもなりはしません。

 実際、かつての工場は、資材を本国イギリスから取り寄せられ、格式高くも情緒豊かな建物、品格漂う外観は暫し見とれていたくなる、美しいものでした。さらには裏山にゲストハウス、ご自宅迄もがあったという、まさに敷地ごと往年の英国様式を採った立派なものだった様です。

 斯様に褒め言葉尽きぬも、それを見る術は既に無く、刻の砂は指の間より零れ落ち止まず。

 偲ぶのみ。



 ウィルキンソン記念館を正面から。 そう、こんな屋根、こんな建物。



 壁もまさにこんな感じでした。 美しい。



 その横を流れる小川の水は赤茶色。石には細かい泡がまとわりついている…泉源からはまだ湧き出てはいるのか。

 一度行ってみないと…行けるンかな^^; でもオレはゆく。

 あと、出荷には福知山線が利用されていたなどの史実、何とかその歴史を紐解く資料に出合えたアカツキには憚らず記事に上げさせて頂く事とします。

 …と何となく収まりが悪いので、記事とは関係なくも画像を'特別公開'させて頂きます。



 神戸北野'うろこの家'。

 9/22より展開予定の神戸特集の予告と致しまして>< 何卒ご期待下さいませ。

 …しかし、この画像なんか違和感ありますね^^;

 タネ明かし、否'ネタ'明かしは本編記事にて!^^!

 では。
(了)