北兵庫探訪記 ~貴婦人との再会!
さらにブイブイ北上、漸く豊岡市街に辿り着き…
中心、駅からは少し離れた豊岡中央公園に私の目的が。

静態保存されているC57型蒸気機関車。
斯の"SLやまぐち号"で活躍する'C57 1'号機と型式を同じく、'流麗'なスタイルから「貴婦人」との異名を与えられている…
そもそも、その「貴婦人」たる'流麗なスタイル'の所以は、元来はこの型式は高出力=大きなボイラーを与えられ幹線で活躍する予定であったのを、地方線の急行牽引用の機関車が不足していた折に急遽中型機にコンセプトを改められ、設計完了していた大型ボイラー搭載用の足回りそのままに中出力の細いめのボイラーを与えられ、斯様に'壮麗'な姿に。
詳細は割愛するも、急行用旅客機たる狭軌最大の3軸動輪、'生'では見たことはないのですが、できるだけ早く見に行きたいです。(´~`)

…で、今回紹介するこの静態保存機は'C57 11'号機、画像の経歴説明にあるように誕生当初は小郡~門司港機関区、やがて恐らくは山陽本線電化に伴い米子へ、そして豊岡~福知山機関区へ、晩年は山陰本線や播但線などの北兵庫で活躍した、という事になります。
以前、二年程前に私は通りすがりに見つけて一度見たのですが、やはり当初然程興味がなかった事もあり…
…だったのですが当時この機体に惹かれなかったのはもう一つ理由がありました、それは。

このデフレクタ=DIFLECTOR=除煙板、この設置により煙突からの煙を上方に上げ編成に絡ませない効果をあげられるものですが…
通常型が上から下まで囲うものであるのに対し、この機体は画像の通り上部、いうなれば'コメカミ'部のみの「門司鉄道型デフレクタ」通称'門デフが装備されているのです。
コレが…^^;仮にも幼少時よりD51やC62に見慣れてきた私には当時チト馴染めず(‥;)
迫力は感じたもののサラリ、と見ただけで立ち去ったのですが…
やがて徐々に興味をもちはじめ…
時にその興味を持ちはじめた蒸気機関、たかが100年以上も前の仕組みなんて楽勝理解できると思いきや、とんでもなく'叡知'の集合体で、現在の瞬間湯沸し器の原型であったり、蒸気の力を巧妙に利用する機器の数々、理解するのに太い専門書を読破したり、一年以上かかりました…^^;
して、そうして学んでいるうちにあの'門デフ'に対し焦想を募らせるようになり…
"今一度あのC57 11を見たい!!"と思い続けていたのです。
識れば文字通りの'門デフ'、小郡~門司港機関区在籍時代の名残そのままに最後まで活躍し、現在もその姿を留めている訳なのであり…
折しも近年発売の月刊誌で門司港機関区在籍、現役時代の写真を見たのですが、御召し列車も牽引した事のある由緒名高い機体であり、当時はその'門デフ'側面部に海の波をあしらった意匠の銀プレートが施され、その勇姿に美しい存在感たる演出が為されていた様です。
それらの知識を得るにつれ、再会への思いを募らせ、今回の北兵庫遠征の折に漸く'年頃思ひつる事 漸く果たしはべりぬ'(仁和寺の法師~_~)…という事だったのです。
まあ、喜び尽きぬ、ということになってしまいますが、以降、撮影した画像を紹介してまいります。

迫力の大型動輪。

後ろより。

水送ポンプと、加減弁、砂箱内蔵の'コブ'は、ボイラーが小さい分大きめにデザインされています。

右後部より。 屋根もちゃんと設けられている、ということもありますが…


石炭車横部と、シリンダーカバー。
塗装もマメに施されている様で、とても綺麗、イヤ美しい!、とさえ。
神戸のD51に至っては消されはしたものの落書きされていたり、シールが貼られていたり、シリンダーカバーに至っては錆び、朽ちて脱落してしまっています、神戸のには屋根さえありません(´`)
現在神戸市が管理しており、草刈り程度はされている様ですが、以前にも触れたようにこのD51 1072号機は現役時代を北海道で過ごし、神戸とはゆかりなくもSLブームに乗じ'縁'と遥かなる神戸の地へ、しかし"外様"への思い入れは行政の極めて得意とせぬ処、'彼本人'もこうなる事はある程度予想していたかも、気持ちいくばくか察するに居たたまれなく。

して、C57 11、向かって左前、'非公式側'より。やはり現役最後の地、大切に思われているのがよく分かります。
どちらの気持ちもよく分かりますが、今や貴重な保存汽車、大切にしてほしい、と'外様'なりの意見…とは'部外者'が、と嫌われるパターン、でしょうか、聞こえてませんように!?(-_-)

正面より。残念な事に前照は割られています、さりとて勇壮な姿には圧倒されます。


機関車の横に据えられ保存されている腕木式信号機と普通転轍表示器。

この説明を見ると、事転轍表示器に関しては'神戸港駅'で使用されていたものの様です。
追跡調査したい…ですが、これ以上の事は分からないでしょう…
惜しみつつ、公園を後にし、さらに北上、思い出深き地へ。

この公園より約4km先にはコウノトリ公園が。
元気にやっている様ですが、看板の挿絵が少し可愛いかな、と思ったので撮りました(~ー~)
オマケ画像。

後ろの'国鉄コンテナ'もスゴイ!?ですがこのC57の門デフ仕様のN!、二十年近く前に発売され、今や激激激激レアモデルです。
しかも、某オクでGETしたのですが、前オーナさんが付けてくれているプレートを見ると…

奇しくも'C57 11'そのもの!!
とても状態の良いもので、実機と同じく大切に'保存'してゆきたい、と思っています(^ー^)
では次記事は兵庫の'美惑'の「白砂青松」の地を紹介します。
(続)
中心、駅からは少し離れた豊岡中央公園に私の目的が。

静態保存されているC57型蒸気機関車。
斯の"SLやまぐち号"で活躍する'C57 1'号機と型式を同じく、'流麗'なスタイルから「貴婦人」との異名を与えられている…
そもそも、その「貴婦人」たる'流麗なスタイル'の所以は、元来はこの型式は高出力=大きなボイラーを与えられ幹線で活躍する予定であったのを、地方線の急行牽引用の機関車が不足していた折に急遽中型機にコンセプトを改められ、設計完了していた大型ボイラー搭載用の足回りそのままに中出力の細いめのボイラーを与えられ、斯様に'壮麗'な姿に。
詳細は割愛するも、急行用旅客機たる狭軌最大の3軸動輪、'生'では見たことはないのですが、できるだけ早く見に行きたいです。(´~`)

…で、今回紹介するこの静態保存機は'C57 11'号機、画像の経歴説明にあるように誕生当初は小郡~門司港機関区、やがて恐らくは山陽本線電化に伴い米子へ、そして豊岡~福知山機関区へ、晩年は山陰本線や播但線などの北兵庫で活躍した、という事になります。
以前、二年程前に私は通りすがりに見つけて一度見たのですが、やはり当初然程興味がなかった事もあり…
…だったのですが当時この機体に惹かれなかったのはもう一つ理由がありました、それは。

このデフレクタ=DIFLECTOR=除煙板、この設置により煙突からの煙を上方に上げ編成に絡ませない効果をあげられるものですが…
通常型が上から下まで囲うものであるのに対し、この機体は画像の通り上部、いうなれば'コメカミ'部のみの「門司鉄道型デフレクタ」通称'門デフが装備されているのです。
コレが…^^;仮にも幼少時よりD51やC62に見慣れてきた私には当時チト馴染めず(‥;)
迫力は感じたもののサラリ、と見ただけで立ち去ったのですが…
やがて徐々に興味をもちはじめ…
時にその興味を持ちはじめた蒸気機関、たかが100年以上も前の仕組みなんて楽勝理解できると思いきや、とんでもなく'叡知'の集合体で、現在の瞬間湯沸し器の原型であったり、蒸気の力を巧妙に利用する機器の数々、理解するのに太い専門書を読破したり、一年以上かかりました…^^;
して、そうして学んでいるうちにあの'門デフ'に対し焦想を募らせるようになり…
"今一度あのC57 11を見たい!!"と思い続けていたのです。
識れば文字通りの'門デフ'、小郡~門司港機関区在籍時代の名残そのままに最後まで活躍し、現在もその姿を留めている訳なのであり…
折しも近年発売の月刊誌で門司港機関区在籍、現役時代の写真を見たのですが、御召し列車も牽引した事のある由緒名高い機体であり、当時はその'門デフ'側面部に海の波をあしらった意匠の銀プレートが施され、その勇姿に美しい存在感たる演出が為されていた様です。
それらの知識を得るにつれ、再会への思いを募らせ、今回の北兵庫遠征の折に漸く'年頃思ひつる事 漸く果たしはべりぬ'(仁和寺の法師~_~)…という事だったのです。
まあ、喜び尽きぬ、ということになってしまいますが、以降、撮影した画像を紹介してまいります。

迫力の大型動輪。

後ろより。

水送ポンプと、加減弁、砂箱内蔵の'コブ'は、ボイラーが小さい分大きめにデザインされています。

右後部より。 屋根もちゃんと設けられている、ということもありますが…


石炭車横部と、シリンダーカバー。
塗装もマメに施されている様で、とても綺麗、イヤ美しい!、とさえ。
神戸のD51に至っては消されはしたものの落書きされていたり、シールが貼られていたり、シリンダーカバーに至っては錆び、朽ちて脱落してしまっています、神戸のには屋根さえありません(´`)
現在神戸市が管理しており、草刈り程度はされている様ですが、以前にも触れたようにこのD51 1072号機は現役時代を北海道で過ごし、神戸とはゆかりなくもSLブームに乗じ'縁'と遥かなる神戸の地へ、しかし"外様"への思い入れは行政の極めて得意とせぬ処、'彼本人'もこうなる事はある程度予想していたかも、気持ちいくばくか察するに居たたまれなく。

して、C57 11、向かって左前、'非公式側'より。やはり現役最後の地、大切に思われているのがよく分かります。
どちらの気持ちもよく分かりますが、今や貴重な保存汽車、大切にしてほしい、と'外様'なりの意見…とは'部外者'が、と嫌われるパターン、でしょうか、聞こえてませんように!?(-_-)

正面より。残念な事に前照は割られています、さりとて勇壮な姿には圧倒されます。


機関車の横に据えられ保存されている腕木式信号機と普通転轍表示器。

この説明を見ると、事転轍表示器に関しては'神戸港駅'で使用されていたものの様です。
追跡調査したい…ですが、これ以上の事は分からないでしょう…
惜しみつつ、公園を後にし、さらに北上、思い出深き地へ。

この公園より約4km先にはコウノトリ公園が。
元気にやっている様ですが、看板の挿絵が少し可愛いかな、と思ったので撮りました(~ー~)
オマケ画像。

後ろの'国鉄コンテナ'もスゴイ!?ですがこのC57の門デフ仕様のN!、二十年近く前に発売され、今や激激激激レアモデルです。
しかも、某オクでGETしたのですが、前オーナさんが付けてくれているプレートを見ると…

奇しくも'C57 11'そのもの!!
とても状態の良いもので、実機と同じく大切に'保存'してゆきたい、と思っています(^ー^)
では次記事は兵庫の'美惑'の「白砂青松」の地を紹介します。
(続)