有馬線跡、道場近辺。 | THE RUINS OF KOBE.

有馬線跡、道場近辺。

 かなり冗長になってしまい、まとまりもない多数の記事ばかりで申し訳なかったですが、あと二記事、上げさせて頂きます。



 新道場駅跡?の広場。

 恐らくはホームのみの'棒線=一面一線の駅であったと思われますが…

 空地にも枕木の様な物が幾つかあったりしますが決定的なものは見つける事ができません。



 先画像の撮影地点のすぐ後ろに流れる'八多川'に係っていた橋の橋台跡。川原より仰ぎ見るプチレア?ショット、マムシに注意!!なるも幸い草が刈り取られていたので臆する事なく。

 しかし…



 同地点より反対側を。

 川のカーブの外側ゆえ、河川改修に因り橋台跡が無くなっているのは仕方ない(私が10代の頃位迄はあった??)として、その'続き'が斯様にまた竹林になってしまっている…



 少し離れて東?側より、手前大きな木の後ろの竹林がそう、近寄ってもキモチ堤?があるのみ…

 そして線路跡は神戸電鉄'道場'駅へ寄り添う様に続き、ほんの刹那の'並走'を見せ…

 この区間は掘り下げられており、駅前には'跨線橋'があります。その端には説明が少し為されていますが割愛します。



 画像右奥に神鉄道場駅が。



 同地点より反対側、斯様に建物の間に遺っています。

 撮影地点は国道176号線の旧道、踏切があったものと思われます。

 東に片道2車線の新道がありますがその部分も若干遺ってはいたものの消し去られてしまいました…

 以後は以前紹介した未曾有の難関を経て、ほ場整備に潰えた塩田近辺へ至り…

 武庫川手前に若干区間車道として利用され、武庫川を越える橋梁跡も跡形もなく…

 武庫川を越えてから福知山線に至るまでは未払い下げ地や田んぼが形そのままに分かりやすくなってはいます。

 現在の福知山線は複線化の際、この有馬線分岐点跡~三田駅は平行して走っていた有馬線の跡地が使用された様です。

 貨物扱い跡の面影?? ヤード跡?や機回し線跡?等、現在も少し変わったレールレイアウトがある三田駅ですが汽車活躍当時は給水塔等の設備も存在しやや規模の大きな駅であったと思われるので有馬線の名残かどうかは判然としません。

 有馬線への客車は大阪からの下り列車の最後尾に連結され三田駅で解結のち有馬線用の汽車に牽引され入線していった、との事です、ただ貨物扱いもあった様ですからやはり現在よりも複雑なレールレイアウトだったと推察できます、さらに調査したいところです。

 大変長くなりましたが、現在私が調査して判明している事実をほぼ全部紹介させて頂きました。

 もし現在に敷設許可を申請したとしても、平行する神鉄の路線がある事を差し引いても…

 現在の技術を以てしても御しきれないであろう急勾配、とても認可が下りるとは思えません。

 度重ねて言いますがここに鉄道が走ったとは俄かに信じ難い光景、その謎とロマンを追って今後とも調査し、判明した史実を順次記事に上げていきたい、と思います。

 もう一記事すみません、次回はオマケ!?画像を上げさせて頂きたい、と思います><
(続)