メシア フロム 'USA'。
私がほんとうに好きだった助っ人。
まあ先述の様に活躍できなかった選手も好きは好きなんですが、でもある程度'記録'も残してもらわないと(~_~)
古くはラルフ=ブライアント選手、なかなか見る機会はなく、ダイジェストで豪快なアーチを放つシーンしか印象にないです、彼は三振数も凄かったですからね…
私的に一番記憶に残るのはホームベース直上ギリギリのボールダマをゴルフスウィング!?でブチ込んだシーンですね…
あんな事できるの!?
イヤ、ムリでしょう…
天賦の才能のパフォーマンスは斯くも熱い感動を与えてくれる、未だ目に焼き付いて離れません…
西武ライオンズ、デストラーデ選手も、両打ち乍らパワーヒッターという稀有な存在、数々の放弾、爽かな感動をもらいました。
阪急ブレーブス~オリックス、ブーマー選手はハイタッチで門田選手の肩を脱臼させる怪力ぶりでHR量産、長期に渡り大活躍してくれました。
多くの投手を恐怖に陥れた南海~ダイエーホークス、バナザード選手の暴れっぷりも記憶に熱いです、暴れん坊は他にも多々いますが、判定に不満だった彼は黙ってホームベースに土をかけはじめ、即退場をコールされたシーンが私的には印象に残っています。
あとニッポンハムの4番、マット=ウィンタースの大爆笑パフォーマンス、ベンチ内の放●、帽子を浮かせるタネバレバレ!?の手品、極めツケは試合前、ユニフォームを上下逆さに着てベンチ前でダンスしたり…
これには相手ベンチも大大爆笑!!
しかしそのパフォーマンスに恥じぬ成績を残し、日本'球界'を去っていった…
かと思いきや、翌シーズン、客席応援団内で音頭をとっていた…
とことん笑わせてくれました。
助っ人紳士録、マリーンズJ.=フランコ選手、そもそも私がマリーンズに興味を持ちはじめたのは彼を始めとする好きな助っ人が多々いたからです、それに関しては別にあげさせて下さい。
して、阪神…'85、忘れじのR.=バース選手、誰の記憶にも残る2年連続の三冠王。
凄まじい迄の感動を与えてくれたその活躍、成績は壮絶な努力に基づいたもの、とは忘れずにいたいです。
私は未だ、彼の映像を見ると目が熱くなります、以前のサントリーモルツのC.M.で'男なら!'とアーチを放つ映像も、思い出す度に、今も涙…
そんな彼を退団に追いやった球団、あんまし言いたくなくも以後、長い暗黒時代を迎える事となる…
して、その暗黒時代からの'幕開け'、星野氏の監督就任。彼の、身を削っての球団の埃の粛清は皆の記憶にも新しく、そして忘れ得ぬものでしょう。
そんな就任の折、氏が肝入りで動き、獲得なったのがG.=アリアス内野手です。
オリックス時代からパワーを遺憾なく発揮していた彼がスカイマークスタジアムで放ったレフトスタンド場外アーチ、私の知人は目の当たりにしたらしいですが、至難の業です…私も見たかったです。
して、阪神入団後の彼の活躍は…
オリックス時代に放ったH.R.は一年目が26本、二年目は38本。
阪神一年目、星野氏は彼を4番に据えましたが、私の一抹の不安は現実となりました。
彼に冠された呼び名は'ダメ押しホームラン王'、'昼下がりの"ジョージ"'等。
オリックス時代からですが、彼チャンスにメチャ弱く、ツボにハマるのは極めて限定された条件下。
勝利がほぼ確定した展開時。
デーゲームはカラッキシ(×。×)
文字通りチャンスに弱く、これは大ファンの私も認めざるを得ません。
ニックネームを登録名によくしていた仰木監督も愛称の'ジョージ'で登録した途端に絶不調、急遽'アリアス'に戻した、という変遷もありました。
しかし、絶不調に陥っても特効薬があります。
それは…'東京ドームとメチャメチャ'相性が良い!!!
斯く枚挙した事実は、まさか、と信じられなくも、顕著な成績として目の当たりにさせられた事実。
更に公式戦不調で迎えたその年のオールスター、オリックスの18番当時全盛!?!?の山口投手の初球、豪速球をいとも簡単にスタンド‥オーバー!!!
私はもう何も言えなくなり…その'ほっとけない'チグハグ感を含む不安定ぶり、私はとことん虜になってしまいました。
しかし、実は彼はかなりの守備の名手、阪神時代は主に一塁手で数多の'暴送球'を柔軟に受け止め、オリックス時代は主に三塁手、時には二塁手までこなしていました。それがまた渋いんですよね…
斯くて阪神一年目もH.R.26本に終わった'ジョージ'、二年目に星野氏は英断、彼を6番に固定した途端にその打順の役割を全う、38本のH.R.を放ちリーグ優勝に大きく貢献しました。
しかし翌シーズン、監督交代なってしまった阪神では彼を始め、星野氏が諫め奮起させていた伊良部選手等の猛者達と共に活躍機会に恵まれず、シーズン途中退団を余儀なくされました。
その後、大リーグでの活躍もなく、メキシカン=リーグで…との噂をチラホラきき、願わくば活躍を、あわよくば日本球界に復帰…を望んでいた折…
昨シーズン、故障離脱した小久保選手の'代替'として某在京球団が獲得してくれたのです!!!
先述の'東京ドームとの相性'を買われて召喚された彼でしたが、残念乍ら思った活躍ができず、シーズン早々とイースタンへ、そのまま退団と相成りました。
チナミに阪神を熱く語っている私もその時期は思わずブッチャケ虚●ファンになりました;^^;;
彼に限らず当時の、'03年の阪神の助っ人は'オマリーコーチ'の存在がかなり大きく、打撃から精神的、プライベートに至るまで事細かにケアしてくれ、大きな支柱となっていた様です。
更に言えば、それとて彼等の家族にまで気を配っていた星野氏の配慮、無理を圧して迄'特命コーチ'としてベンチ入りさせたのは星野氏のそんな思惑から、それがこの上なく効果を発揮していたのですね。
そういう意味ではオマリー氏も別記事で少し語るとしましょう…
かなりよいガタイ(私的に'理想'の体型[・・;])、に似つかわぬ端整な顔立ち、特に特徴的な'女性的'でさえある唇、女性の方も羨む位ではないでしょうか…
チナミに私の知人の妹さんがジョージにそっくりのお顔立ちで、可愛いんですが面白かったです。
G退団後の彼の消息は知り得ませんが、アチラでも活躍して、いつかまた…悲しくもそれはないでしょうが…それでもいつかまた、彼の元気なプレーが見られる日が来る事を願って止みません。
"レッツゴー ジョージ!! ×4
遥か母国 大地で育んだ
そのパワー 今見せ付けろ!!
「メシア フロム U.S.A.」!!!
ジョージ!! ジョージ!!"
ありがとう、ジョージ。
(了)
まあ先述の様に活躍できなかった選手も好きは好きなんですが、でもある程度'記録'も残してもらわないと(~_~)
古くはラルフ=ブライアント選手、なかなか見る機会はなく、ダイジェストで豪快なアーチを放つシーンしか印象にないです、彼は三振数も凄かったですからね…
私的に一番記憶に残るのはホームベース直上ギリギリのボールダマをゴルフスウィング!?でブチ込んだシーンですね…
あんな事できるの!?
イヤ、ムリでしょう…
天賦の才能のパフォーマンスは斯くも熱い感動を与えてくれる、未だ目に焼き付いて離れません…
西武ライオンズ、デストラーデ選手も、両打ち乍らパワーヒッターという稀有な存在、数々の放弾、爽かな感動をもらいました。
阪急ブレーブス~オリックス、ブーマー選手はハイタッチで門田選手の肩を脱臼させる怪力ぶりでHR量産、長期に渡り大活躍してくれました。
多くの投手を恐怖に陥れた南海~ダイエーホークス、バナザード選手の暴れっぷりも記憶に熱いです、暴れん坊は他にも多々いますが、判定に不満だった彼は黙ってホームベースに土をかけはじめ、即退場をコールされたシーンが私的には印象に残っています。
あとニッポンハムの4番、マット=ウィンタースの大爆笑パフォーマンス、ベンチ内の放●、帽子を浮かせるタネバレバレ!?の手品、極めツケは試合前、ユニフォームを上下逆さに着てベンチ前でダンスしたり…
これには相手ベンチも大大爆笑!!
しかしそのパフォーマンスに恥じぬ成績を残し、日本'球界'を去っていった…
かと思いきや、翌シーズン、客席応援団内で音頭をとっていた…
とことん笑わせてくれました。
助っ人紳士録、マリーンズJ.=フランコ選手、そもそも私がマリーンズに興味を持ちはじめたのは彼を始めとする好きな助っ人が多々いたからです、それに関しては別にあげさせて下さい。
して、阪神…'85、忘れじのR.=バース選手、誰の記憶にも残る2年連続の三冠王。
凄まじい迄の感動を与えてくれたその活躍、成績は壮絶な努力に基づいたもの、とは忘れずにいたいです。
私は未だ、彼の映像を見ると目が熱くなります、以前のサントリーモルツのC.M.で'男なら!'とアーチを放つ映像も、思い出す度に、今も涙…
そんな彼を退団に追いやった球団、あんまし言いたくなくも以後、長い暗黒時代を迎える事となる…
して、その暗黒時代からの'幕開け'、星野氏の監督就任。彼の、身を削っての球団の埃の粛清は皆の記憶にも新しく、そして忘れ得ぬものでしょう。
そんな就任の折、氏が肝入りで動き、獲得なったのがG.=アリアス内野手です。
オリックス時代からパワーを遺憾なく発揮していた彼がスカイマークスタジアムで放ったレフトスタンド場外アーチ、私の知人は目の当たりにしたらしいですが、至難の業です…私も見たかったです。
して、阪神入団後の彼の活躍は…
オリックス時代に放ったH.R.は一年目が26本、二年目は38本。
阪神一年目、星野氏は彼を4番に据えましたが、私の一抹の不安は現実となりました。
彼に冠された呼び名は'ダメ押しホームラン王'、'昼下がりの"ジョージ"'等。
オリックス時代からですが、彼チャンスにメチャ弱く、ツボにハマるのは極めて限定された条件下。
勝利がほぼ確定した展開時。
デーゲームはカラッキシ(×。×)
文字通りチャンスに弱く、これは大ファンの私も認めざるを得ません。
ニックネームを登録名によくしていた仰木監督も愛称の'ジョージ'で登録した途端に絶不調、急遽'アリアス'に戻した、という変遷もありました。
しかし、絶不調に陥っても特効薬があります。
それは…'東京ドームとメチャメチャ'相性が良い!!!
斯く枚挙した事実は、まさか、と信じられなくも、顕著な成績として目の当たりにさせられた事実。
更に公式戦不調で迎えたその年のオールスター、オリックスの18番当時全盛!?!?の山口投手の初球、豪速球をいとも簡単にスタンド‥オーバー!!!
私はもう何も言えなくなり…その'ほっとけない'チグハグ感を含む不安定ぶり、私はとことん虜になってしまいました。
しかし、実は彼はかなりの守備の名手、阪神時代は主に一塁手で数多の'暴送球'を柔軟に受け止め、オリックス時代は主に三塁手、時には二塁手までこなしていました。それがまた渋いんですよね…
斯くて阪神一年目もH.R.26本に終わった'ジョージ'、二年目に星野氏は英断、彼を6番に固定した途端にその打順の役割を全う、38本のH.R.を放ちリーグ優勝に大きく貢献しました。
しかし翌シーズン、監督交代なってしまった阪神では彼を始め、星野氏が諫め奮起させていた伊良部選手等の猛者達と共に活躍機会に恵まれず、シーズン途中退団を余儀なくされました。
その後、大リーグでの活躍もなく、メキシカン=リーグで…との噂をチラホラきき、願わくば活躍を、あわよくば日本球界に復帰…を望んでいた折…
昨シーズン、故障離脱した小久保選手の'代替'として某在京球団が獲得してくれたのです!!!
先述の'東京ドームとの相性'を買われて召喚された彼でしたが、残念乍ら思った活躍ができず、シーズン早々とイースタンへ、そのまま退団と相成りました。
チナミに阪神を熱く語っている私もその時期は思わずブッチャケ虚●ファンになりました;^^;;
彼に限らず当時の、'03年の阪神の助っ人は'オマリーコーチ'の存在がかなり大きく、打撃から精神的、プライベートに至るまで事細かにケアしてくれ、大きな支柱となっていた様です。
更に言えば、それとて彼等の家族にまで気を配っていた星野氏の配慮、無理を圧して迄'特命コーチ'としてベンチ入りさせたのは星野氏のそんな思惑から、それがこの上なく効果を発揮していたのですね。
そういう意味ではオマリー氏も別記事で少し語るとしましょう…
かなりよいガタイ(私的に'理想'の体型[・・;])、に似つかわぬ端整な顔立ち、特に特徴的な'女性的'でさえある唇、女性の方も羨む位ではないでしょうか…
チナミに私の知人の妹さんがジョージにそっくりのお顔立ちで、可愛いんですが面白かったです。
G退団後の彼の消息は知り得ませんが、アチラでも活躍して、いつかまた…悲しくもそれはないでしょうが…それでもいつかまた、彼の元気なプレーが見られる日が来る事を願って止みません。
"レッツゴー ジョージ!! ×4
遥か母国 大地で育んだ
そのパワー 今見せ付けろ!!
「メシア フロム U.S.A.」!!!
ジョージ!! ジョージ!!"
ありがとう、ジョージ。

(了)