プロ野球外人助っ人'レツ'伝。
タイトルは…H.=ホーガン氏来日記念!? プロレススーパースター烈伝に準えました。ワケわかりませんが、'レツ'には色んな漢字をアテれる、と思うのでカタカナ表記にて( ̄~ ̄)
先記事で述べた様に、基本的に私は助っ人外人選手が好きです。
古くは!? ジャパニーズドリームを掴むべく、はたまた門狭き大リーグを諦め、若しくは何時かと夢を馳せながら遥か極東の異国の地へ。
まずそこ、それが大変だと思う…のは私だけではないんでしょうが、殊云わせてもらうと、私は外国、なんぞ以ての外、国内さえも厳しく、ショーミ関西、否阪神圏を一日以上出ると、忽ち寂しくなってしまうのです。
ホームシック、というのもタイソウですが、基本的に周囲の人、街中の人の会話さえもノリが'関西風味'でないと落ち着かない、TV点けても関西、否ブッチャケ(横山たかし氏風に)'サンテレビ'が映らない地域に長期滞在できないんです…
だから活躍している外国人選手を見ると、殊更健気に見えてしまうというか、胸を熱くさえしてしまうんですよね…
それがまた異国の雰囲気に馴染めず、実力を発揮できなかったり、志半ばで帰国、なんてニュースを見たら、空港へお見送りに行きたい、とさえ思ってしまう位です、勿論行った事はないですが。
そんな選手が帰国後、大活躍の一報をきいてホッとしたり。
第三次吉田体制時のハンセン内野手なんか、ドジャースでかなりの活躍をされた様ですし、そういうのをきくと'救われてよかった'みたいな…
わざわざ来日して、苦労して、それが報われずして何の苦労か、と思ってしまうんですよね…
自分の苦労、努力は自分の甘さ故に全く実らないのですが。
そもそもそんなに'同情'してしまうのも'甘さ'なんでしょうが。
一般の関西人の方より、遥かに'浪花節'に弱いんでしょうね、'巨人の星'世代ではないんですが^^;
して、では殊'記憶'に残る選手を挙げさせて頂くとしましょう。
と、無論阪神の選手が主になってしまいますが…
歴史(ノムさん~星野氏時代に数多出版された文献を当時読み漁り、かなり詳しくなりました)を紐解けばキリはないものの、カークランド選手の様に個性的で、ファンにこよなく愛された選手も阪神は少なくありません。
'赤鬼'ブリーデン選手、不慮の事故死を遂げてしまった'忘れじのラインバック'選手はつい先日もナイトスクープで採り上げられていましたが、人々の記憶に印象を深く残した選手でした。
彼の史上最強の助っ人、バース選手は凄まじい研究熱心さで投手を攻略していき、あれ程の成績を残しました。
しかし、お家芸の内紛にも翻弄され、阪神を去っていきました。
そこから阪神の暗黒時代、云わんや助っ人の暗黒時代にも突入していきます。
インフィールドフライをわかっていなかったジョーンズ選手、オグリビー選手、パチョレック選手等、名前が印象的な方も多かったですね…忘れてはならないのが阪神退団のち大リーグ二冠王、セシル=フィルダー選手。マトモに活躍したのはオマリー選手位か、しかし球団は自ら彼の才能を流出させ、翌シーズン、憂き目に遭わされました。
助っ投は多くはいなかったものの、キーオ投手のナックルボールを駆使しての活躍は忘れ得ません。
第三次吉田政権の時に獲得したマクドナルド選手はストレートが130km/h出ないて…一枝氏の呆れ顔、今でも鮮明に覚えています。
あと、思い出すなあ…シークリスト選手、マルチポジションをこなすと鳴り物入り、外人捕手誕生か、と色めきたつも'初打席初安打初打点…' …以上。
いつの間にやら…先述の様に、阪神の助っ人の歴史は暗黒の歴史、いい話題には事欠いてしまいますね。
数々問題を起こしてくれる選手も多く…
もう思い出したくもないトラウマ級'恥'も甚だしいGウェル選手、ノム政権1年目のブロワーズ選手等は、当時中日の監督だった星野氏曰く'性格に難あり'と他球団が早々手をひいた選手をわざわざ阪神が獲得していた様です…しかもブロワーズ選手は'寧ろ性格に難ありは同時獲得したジョンソン選手だ'と宣うも蓋を開けばブロワーズ選手は早々帰国、即メジャー契約しとりました…しかしそのジョンソン選手、けっこう活躍してましたがブロワーズ選手の替わりに4番に入った途端、ズタボロに…ワケわかりませんでした。
もう愚痴がヒドくなってきたのでこの辺りで。
次記事で'讃歌'を!
(続)
先記事で述べた様に、基本的に私は助っ人外人選手が好きです。
古くは!? ジャパニーズドリームを掴むべく、はたまた門狭き大リーグを諦め、若しくは何時かと夢を馳せながら遥か極東の異国の地へ。
まずそこ、それが大変だと思う…のは私だけではないんでしょうが、殊云わせてもらうと、私は外国、なんぞ以ての外、国内さえも厳しく、ショーミ関西、否阪神圏を一日以上出ると、忽ち寂しくなってしまうのです。
ホームシック、というのもタイソウですが、基本的に周囲の人、街中の人の会話さえもノリが'関西風味'でないと落ち着かない、TV点けても関西、否ブッチャケ(横山たかし氏風に)'サンテレビ'が映らない地域に長期滞在できないんです…
だから活躍している外国人選手を見ると、殊更健気に見えてしまうというか、胸を熱くさえしてしまうんですよね…
それがまた異国の雰囲気に馴染めず、実力を発揮できなかったり、志半ばで帰国、なんてニュースを見たら、空港へお見送りに行きたい、とさえ思ってしまう位です、勿論行った事はないですが。
そんな選手が帰国後、大活躍の一報をきいてホッとしたり。
第三次吉田体制時のハンセン内野手なんか、ドジャースでかなりの活躍をされた様ですし、そういうのをきくと'救われてよかった'みたいな…
わざわざ来日して、苦労して、それが報われずして何の苦労か、と思ってしまうんですよね…
自分の苦労、努力は自分の甘さ故に全く実らないのですが。
そもそもそんなに'同情'してしまうのも'甘さ'なんでしょうが。
一般の関西人の方より、遥かに'浪花節'に弱いんでしょうね、'巨人の星'世代ではないんですが^^;
して、では殊'記憶'に残る選手を挙げさせて頂くとしましょう。
と、無論阪神の選手が主になってしまいますが…
歴史(ノムさん~星野氏時代に数多出版された文献を当時読み漁り、かなり詳しくなりました)を紐解けばキリはないものの、カークランド選手の様に個性的で、ファンにこよなく愛された選手も阪神は少なくありません。
'赤鬼'ブリーデン選手、不慮の事故死を遂げてしまった'忘れじのラインバック'選手はつい先日もナイトスクープで採り上げられていましたが、人々の記憶に印象を深く残した選手でした。
彼の史上最強の助っ人、バース選手は凄まじい研究熱心さで投手を攻略していき、あれ程の成績を残しました。
しかし、お家芸の内紛にも翻弄され、阪神を去っていきました。
そこから阪神の暗黒時代、云わんや助っ人の暗黒時代にも突入していきます。
インフィールドフライをわかっていなかったジョーンズ選手、オグリビー選手、パチョレック選手等、名前が印象的な方も多かったですね…忘れてはならないのが阪神退団のち大リーグ二冠王、セシル=フィルダー選手。マトモに活躍したのはオマリー選手位か、しかし球団は自ら彼の才能を流出させ、翌シーズン、憂き目に遭わされました。
助っ投は多くはいなかったものの、キーオ投手のナックルボールを駆使しての活躍は忘れ得ません。
第三次吉田政権の時に獲得したマクドナルド選手はストレートが130km/h出ないて…一枝氏の呆れ顔、今でも鮮明に覚えています。
あと、思い出すなあ…シークリスト選手、マルチポジションをこなすと鳴り物入り、外人捕手誕生か、と色めきたつも'初打席初安打初打点…' …以上。
いつの間にやら…先述の様に、阪神の助っ人の歴史は暗黒の歴史、いい話題には事欠いてしまいますね。
数々問題を起こしてくれる選手も多く…
もう思い出したくもないトラウマ級'恥'も甚だしいGウェル選手、ノム政権1年目のブロワーズ選手等は、当時中日の監督だった星野氏曰く'性格に難あり'と他球団が早々手をひいた選手をわざわざ阪神が獲得していた様です…しかもブロワーズ選手は'寧ろ性格に難ありは同時獲得したジョンソン選手だ'と宣うも蓋を開けばブロワーズ選手は早々帰国、即メジャー契約しとりました…しかしそのジョンソン選手、けっこう活躍してましたがブロワーズ選手の替わりに4番に入った途端、ズタボロに…ワケわかりませんでした。
もう愚痴がヒドくなってきたのでこの辺りで。
次記事で'讃歌'を!
(続)