高砂線跡。 ; 其の参~神戸製鋼専用線。 | THE RUINS OF KOBE.

高砂線跡。 ; 其の参~神戸製鋼専用線。

 では早速、其の跡を追ってみましょう。

 南下していくと、これまた住宅の中を貫いてクッキリと残っています。

 というより、コンクリの垣が足下に残っているというのもあるのですが、豪快に畑や駐車場として利用されています。

 " '04年某月吉日にこの廃線跡地の利用に対する説明会を行います"との看板が掲げられていました。そもそもこの土地自体既に払い下げられている様ですが、巧く話はついたのでしょうか。

 して、ネタバレ、という事になってしまいますが…

 昨夜昭和49年度の航空写真を見たのですが、どうやら既にその段階で線路は撤去されていた様なのです。

 線路'跡'はクッキリと、写っていました。

 しかし、水門があったり、ビミョーにクランクしていたり…
 でも間違いはないと思います。



 加古川に沿う部分は'しおかぜこみち'と整備されています。

 以降、この径を辿り南下していきます。

 距離を覚悟して歩いたので!?画像はありません、すみません。線路跡はキレイに舗装されています。
 ただ海辺手前、神戸製鋼を目指し東へ向きを変える頃には周辺はだんだんと寂しくなっていきます。

 やがて神戸製鋼に辿り着きましたが…

 突き当たりの柵の先には何もない…
 右や左に振られていたのか!?
 昭和49年度時点でその柵の手前の川を渡る橋が無くなっています。

 この辺り、製鋼業界の斜陽、経済浮沈状況に迄手を広げないといけません。

 それこそ'華麗なる~'を見ていたらヒントはあったかも[・・;]

 同じく神戸製鋼専用線のあった摩耶貨物線の興亡に合わせて研究を進めたいと思います。

 そして、突き当たりを北上し、車道へ復帰すると…







 道脇の柵に枕木が使われ、その空地には若干量が積み上げられていました。

 その地点から道を挟んで北を見ると…



 神戸製鋼関連工場に挟まれ、一直線の道がありました。

 しかし、これも昭和49年度航空写真でも同じ状態、しかも500m程上がった時点で急に東に折れている…!?

 駄目です、謎は深まるばかり…

 もう一度'しおかぜこみち'に戻り…



 しおかぜこみち'、南側より相生橋を臨む。

 左は川、右が'しおかぜこみち'が為に開けられた…

 そう、'しおかぜこみち'が為。

 この橋が架けられた時点で線路はどうなっていたのか、機関車、貨車が通るにはあまりに'窮屈'…

 橋の架日も見ておくべきでした。

 この廃線に此れ程の謎が孕まれていたとは…

 認識をあらためて再訪します。

 一旦…ご容赦願います。

 悔しい(~_~)
(続)