国鉄高砂線跡。 | THE RUINS OF KOBE.

国鉄高砂線跡。

では早速、探訪記を綴らせて頂きます。

 実は私、いつも探訪にあたり'冒険'、'探検'的要素も付加して楽しみたく、また飽く迄'現場'で自分の"眼"での考察、発見を重視したいので'下調べ'せずに赴くのですが、そのせいで見落としがあったりして手間がかさんでしまったりしますが、まあそれもよしと^^;

 どちらも良し悪しですね。

 今回も新たな発見に巡り合えたり、見落としがあったりと…

 悔しくも、'別府鉄道'はあらためて探訪し直す事とします;;

 しかし近日中に行きます。

 では高砂線跡探訪記を進める事とします。

 先記事'加古川踊っ子祭り'に記した野口駅跡を一旦北上、加古川線の分岐点より紹介しますが…

 実は昨夜、思い切って昔の航空写真を調べたのですが…

 野口駅、はどうやら現在の場所にあった様です。

 航空写真、奇しくも他にも大きな発見が多々ありました。

 でも下調べで見てしまうとやはりつまらなくなる…激しく迷う所です^^;;



 画像は加古川線の北上より東へ向かって分岐していた地点です。斯様にクッキリと'空地'として遺っています…

 しかし、それがよもや"曲者"だとは…



 同地点より北を向き、高架化なった加古川線です、軍事引込線はこの少し北で高砂線と同様北東へ分岐します。

 逸れますが'旧加古川線の'駅舎は桜島線の旧桜島駅舎が移築された物であると聞いた事があります。



 して画像は、分岐点より東の車道より、'空地'を東より臨む。
 しかし明らかに、'単線分'にしては広いです。


 同地点で振り向き、西側より。此処で山陽本線をオーバークロスしていたのです…

 さあ、読んでおられたらココで'違和感'が…^^;

 そうです、当時地上線であった山陽本線をオーバークロスするが為に高度を稼ぐべくこの'空地'には大きな"築堤"が存在していたのです。
 幅が広いのは其の'裾野が為'だったのです。

 築堤はゴッソリ'除去'されていたのです。

 即ち、撮影地点の車道上にはガーダ橋が存在していたのです。

 しかし、築堤をのけるなんて、メチャメチャ手間がかかると思うのですが…

 散々手間かけておいて結局放置!?
 この例は他廃線跡にもよくある例なのですが、これが現場でな推察の'妨げ'になってしまうのです。

 再開発の停滞、等の理由があるのでしょうが…

 斯様にいつも'狐につままれてしまう'のです。

 しかし、山陽本線部分は本線高架なる迄は築堤と跨線橋は車道として利用されていた様です…

 して、山陽本線以南、ですが、これまたそこそこ幅の広い車道となっており、500m程で国道2号線と'交差'します。

 その交差点の風景は、通常の車道そのもの、てっきり踏切による平面交差だと思い込んでおり、違和感を感じつつも相当幹線道路の'妨げ'になったろうと思っていたのです。

 しかし…

 昨夜の航空写真を見て愕然としました。

 何と、国道2号線部前後も築堤は野口駅跡迄続き、山陽本線と同じくガーダ橋で'オーバークロス'していたのです。

 'ソコ'の天空を、貨物列車がソロリソロリと走り抜けていたとは…

 ちょっと考えにくいです、この地点の画像は撮影しなかったので別府鉄道再訪の際に撮ってUPします。

 高砂線は以前からチョコチョコ訪れてはいましたが、この事実を識る迄数年かかった事になります。

 しかし、'ロマン'の要素を孕めて廃線を慈しみたい私は遠回りながら今後もゆっくりこのスタンスでまいりたいと思います。

 焦れったいかもわかりませんがお付き合い頂ければ幸いです…

 で南下し野口駅跡を通過すると程なくして…



 右の車道が高砂線跡、左の散歩径が別府鉄道と、いうなれば対照的な再整備が施されています。

 これは、殊別府鉄道が別府へ向かって斜めに、しかも住宅街内を多く貫いていた事も一因と私は推察します。

 この分岐点より高砂線跡を南下します。この辺りは間違いなく地上線になっていましたが、両脇の土地も巧く取り込めた様で道幅は申し分無く確保され、片側一車線の車道として機能しています。

 鶴林寺駅跡…は消えてしまった様ですが、お寺敷地内に公園スペースがあり、そこには…





 C11型蒸気機関車、播但線、高砂線は客貨を問わずその性能をいかんなく発揮できる路線であった様です、木が生えていたので止む無しと非公式側から、腕木式信号機の羽根も共に保存されていました。



 更に南下すると山陽電鉄路線の煉瓦積みのガード下が見えてきました。

 此処はさすがに手付かずの単線分、車は離合不可、です。

 即ち此処は高砂線跡最大の遺構の一つ、という事になります。

 此処をくぐるとすぐに尾上駅跡ですが、以降も発見が大変多かったので記事をあらためさせて頂きます。
(続)