西宮市下探訪記 ; 補遺、尼宝線軌道未成の史実。 | THE RUINS OF KOBE.

西宮市下探訪記 ; 補遺、尼宝線軌道未成の史実。

 厳密にいうと'西宮市'ではないのですが…



 大変わかりにくいもので申し訳ありませんがこの画像は、阪急神戸線を跨ぐ尼宝線の跨線橋です。尼宝線はそもそも、かつて国道2号線を走っていた阪神国道と同じく、尼崎~宝塚間に路面電車を走らせる予定でした。しかし阪急今津線とルートが近似する事もあり、認可下りるになかなか折り合い付かず暫定措置としてバスを通す事になりました。その際、現尼宝線のその道路は'バス専用道路'とし、他の一般車が通るには料金を徴収していたのです。で結局軌道は敷設される事なく、バス専用道から一般道になり現在に至っています。バスは現在も走っています。
 軌道敷設を想定して、小川等を越える幾つかの橋は頑丈に造られたものがあったものの道路拡幅工事に伴い破壊された様です。

 そんな中、画像の跨線橋も石積みの頑丈なものが造られ現在もそのまま車道として使われており、この軌道敷設計画の最大の遺構、といえるでしょう。

 尼宝線を南下し、JRの下をくぐる部分も先出の甲子園口のガード下と同じく煉瓦積の物でしたが、震災に因る瓦解の恐れありとコンクリート製に塗り替えられました。

 現在も主要ルートとして需要の高い尼宝線、もしこのルートに路面電車が走ったとしても、モータリゼーションの波に飲まれ、他路線と運命を同じく淘汰の憂き目に遭っていた事でしょう。しかし、2号線でもそうなのですがこの道を通る阪神バスを見て、'金魚鉢'といわれた独特のフォルムをした阪神国道路面電車が走った姿を私はいつも想像してしまうのです。

(了)