医者は、出血は手術じゃないと止まらないと脅したのだったが、大腸を検査する前に催したので2回トイレに行ってみたが、血は完全に止まっていた。


当たり前である。身体はホメオシタスという本来の状態に身体を戻すためのホルモンが分泌され治癒する。


元気を取り戻したことだし、日本の病院なら「様子を見ましょう」と患者の負担になる検査や手術は見送るところである。ところがインドは違う。最初の診断によって決定された処置は何が何でもやる。それがICUのルールであって、それが終わらなければ退院できないことを退院時に知ることになる。


あの医者は見え透いた嘘で私の帰国を引き止めた。嘘でその場を取り繕う典型的なインド人だ。嘘は下手なのだが嘘がばれてもそれを攻めない文化があるから嘘は道具になっている。それに私は検査同意書にサインしているから議論しても許してくれない。健康診断だと思って過剰検査に付き合わなければならない。


血が止ってオリンパス製の大腸カメラワークはスムーズだった。日本で経験あるが空気で大腸を膨らますときものすごく痛いものなのだが、この医者はテクニシャンだ。全然痛くない。オリンパスの技術の進化か。



モニターに映るきれいな腸を観察する余裕さえあった。医者とお尻を医者に預けた患者の私はモニターに映し出されるきれいなピンク色の腸壁を一緒に観察した。おかしくもあった。


出血箇所は確認されず。医者は、「大腸は白」と判断。

仕方がないので病気の確率の低い胃と十二支腸にカメラを入れることに了承した。

すでに準備は済んでいた。


インド人は突然の展開に段取りが下手なものだ。だからこれは最初から織り込み済みだったのだろう。すべての検査を何が何でもやる気なのだ。パッケージなのだ。やらなくちゃいけないのだ。


この医者は非常に上手い。胃カメラも全く痛くない。


胃も白ということになり、残るは小腸。5%の確率で出血があるという小腸の調査は、最先端技術のカプセル型カメラによる。イスラエル製だとか。初めて使うらしく取り扱い説明書を読みながらセッティングする。


腹にカメラの位置を特定する発信機を何箇所か貼り付ける。カメラから画像を受信する機械を肩と胸に通した太いベルトに固定する。さも重装備の前線の兵士だ。夜になって飲み込んだ。水いっぱいで上から下に動いてくれるものなのだろうか。


これでますます眠れなくなった。心電図のモニタリングのシールの下の肌がかゆいが、小腸モニタリングと交差してはずせない。右腕の点滴の針だけはそのままにし、左腕につけた脈と血圧用モニタリング装置だけは自分で黙ってはずした。すぐバレタが「寝れないんだ」というとナースは許してくれた。


インド人患者はナースをシスターと呼んでいた。死に近い病院は教会と同じく看護婦をシスターと呼ぶのか。いや大方、親しみを込めて姉妹のシスターと呼ぶものなのだろう。


全く眠れない。ICUというところは工場のような、ミーティングルームのような、実験室のようなところで騒音がものすごい。点滴や輸血で意識が冴えているので眠れるものではない。2泊目に入りICUにいることに大きなストレスを感じカーテンの向こうで会話する医者やナースに苦情を言いながら断続的に眠った。