今回は、岡崎・幸田線のソニー系統を取り上げます。こちらは2001年6月から運行開始された、比較的新しい路線になります。しかし、メイン系統の幸田駅系統とともに乗車率は振るわず、2007年2月に名鉄から廃止申請が出されました。このとき岡崎市内では、同時に多数の路線が廃止対象として、俎上に上がりました。しかし、幸いにも市が補助金を出すことで、全路線廃止を免れています。


幸田駅系統に関しても、少し触れておきます。こちらは伝統ある路線で、例えば『名鉄時刻表vol9』(1992年)を見てみると、デンソー幸田や西浦温泉前まで足を伸ばす系統まであり、本数も昼間時ですら1時間に2本設定されています。しかし、採算性の悪化に伴い本数は次第に減らされていきます。これに追い打ちをかけたのが、2012年3月の相見駅開業です。昼間時には相見駅行きが設定され、幸田駅方面へ行くバスが昼間時2時間ヘッドになってしまいました。地元の方にとっては鉄道利用の利便性が高まった一方、沿線の幸田高校は駅から徒歩圏内となり、高校生のバス利用が皆無となりました。さらに駅開業と併せて、従来の福祉巡回バスを改めた町のコミュニティバス「えこたんバス」も運行開始されます。こちらは運賃無料という大盤振る舞いで、なおかつ路線バスと似たような系統も設定されました。明らかに幸田町は路線バスに対して冷淡で、名鉄バスに補助金を出す意思はまったくありませんでした。


こうして、利用者減に拍車がかかり、事業者としては持ちこたえられなくなります。幸田駅系統は、一足先に2014年9月をもって廃止となりました。全線通しの利用は皆無でしたが、幸田駅~幸田小学校前までの区間については通勤利用もあり、欠間や幸田小学校前では利用者がそこそこいたことを考えると、残念な思いで一杯です。


他方、ソニー系統は廃止直前には、平日のみソニー行き7本、東岡崎行き9本が設定されていました。これだけ本数がある以上、これほど早く廃止になるとは思いもよりませんでした。廃止直前、私は幸田駅系統ばかり乗って、ソニー系統にはまったく乗車しませんでした。実は、終点のソニー停が幸田町内であることを見落としていたのです。


幸田駅行きが廃止されたのち、上地循環線が開設されます。もちろん、上地までは、たしかに利用者が多かったのも事実です。しかし、路線設定の最大の理由は、ここが岡崎市だということでしょう。岡崎市は路線維持に熱心で、バス事業者に対して多額の補助金を計上してくれています。一方、幸田町は先に述べたような状況です。彦左公園とソニーという2つのバス停は幸田町内にあり、利用者も少ないとあっては、どうなるか容易に想像できます。2014年10月から、土休日東岡崎行きが12時16分の1本のみ、ソニー行きはなしになってしまいました。それまで土休日運休だったのが土休日のみになるとは何とも違和感を覚えますが、運行本数を最低限にしたいという意図なのでしょう。しかし、平日に利用していた人は、どうなったのでしょうか。もう少し早く乗っておけば、と何とも悔やまれます。さらには、本来2015年4月で廃止との予定でしたが、利用者がいないということで2月に早まってしまいました。


そして1月のある日、乗りに行きました。JR岡崎駅から上地循環線に乗り、上地郵便局西で下車します。ここから歩いて15分ほどで、ソニーバス停に着きます。上地循環線はこの時間帯で何度か乗っていますが、利用者はほとんどいません。午前中の下りでは、やむを得ないのでしょうか。なお、彦左公園まではえこたんバスでも行けますが、土日運休のため、祝日のみしか使えず、しかも接続がきわめて悪いです。周辺には何もなく、冬にここで1時間以上待つのは厳しいと思います。気候がいいときならば、彦左公園でのんびりするのも、悪くないでしょうが。


発車時刻の5分ほど前に、東の方から回送でバスがやってきました。美合駅方面から来るようですが、運用までは分かりません。以前はソニー構内の駐車場で転回していたようですが、現在は入りません。バスはしばらく待機していましたが、時間になり私1人を乗せて発車します。

バスはそのまま道なりに進み、彦左公園を通過、直進して交差点を右折します。国道248合線を北進しますが、この区間にバス停はありません。上地4丁目交差点を左折すると、すぐに上地中停があります。バス停は、ここから先が廃止となります。県道を直進して、上地郵便局西で上地循環線と合流し、この先は同線と同一経路で運行されます。


しかしこの間、乗客はまったくおらず、南若松で初めて女性が2人乗ってきました。1人はJR岡崎駅で下車、もう1人は国立研究所下で下車していきました。JR岡崎駅では男性が1人乗車し、東岡崎で下車していきました。ということで、トータル3人とは上地循環線の補完としても、微妙な存在です。パターンダイヤの中で、1本のみ12時台に運行したところで、認知すらされにくいでしょうね。加えて、年度内廃止が予定されているせいか、配布されている上地循環線の時刻表にも掲載されていません。この当たりも、利用されない原因かと思いました。





ソニーバス停の周囲に、民家は見当たりません。もう少し奥へ行けばあるのでしょうが、そこの住民がバスを利用してくれるとも思えません。彦左公園バス停も状況は同じで、もう少し坂を下ったあたりまで行かないと民家はなく、路線バスの需要があるようには見えません。彦左公園自体は、規模こそ小さくはありませんが、遊具等がなく、自然散策的な場所のようです。もちろん、この寒い時期に訪れる人はほとんどいません。一応、彦左公園は幸田町の管轄で、ここまではえこたんバスが来ています。平日に数えるほどしかないバスが、どれほど利用されているのかは、分かりませんが。

というわけで、ソニーの通勤需要がなければ、バス路線が存続しえないような状態です。しかし、通勤は自社で送迎して1いることから、路線バスの需要はほとんどなかったと思われます。一方で、開業当初は、そこそこ乗っていたような話も聞きます。路線の置かれた状況が、途中で変化したのでしょうか。たしかに、平日朝夕のみという運行状況は、そのことを感じさせます。ご存知の方がいましたら、お教え下さい。


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南筑波線は、1951年2月に古河・土浦間で開業した、国鉄自動車としては比較的新しい路線です。本来は鉄道先行としての位置付けでしたが、実際には東北本線と常磐線を結ぶ短絡路線の役割を担いました。全線区間通しで乗ると、2時間10分ほどかかりました。しかし、そもそも古河・土浦間の流動自体が多くはなく、次第に両駅周辺の培養路線へと変化していきます。そして、1999年4月(ころか?)には下妻上町で系統分割されました。一部の便は乗り継ぎ可能でしたが、通しでの利用はほとんどない状態でした。


そして2006年4月には、下妻上町・篠崎転向場間、下妻上町・松本間が廃止されました。この廃止直前の時期に乗りに行ったのですが、末端区間での乗降は、平日にも関わらず趣味者以外ほとんどありませんでした。しかし、この時感じたのは、廃止区間のみならず、全区間において利用者が少ないということです。そして予想通りというべきか、早くも2年後の2008年4月、篠崎転向場・下虫掛間が廃止されます。


茨城県は全体的にクルマ社会で、市街地においても路線バスは苦しい状態でした。とはいえ、もう少し何とかならなかったのか、という思いはあります。たとえば路線は、つくば研究学園都市の近くを通ります。ここへ乗り入れれば、もう少し利用者を増やせそうな気もします。たとえば、晩年に1日1本だった北柴崎行きは、終点に到着後、つくばセンターへと回送され、ひたち野うしく行きとなります。しかし、これを実車にすることはありませんでした。おそらく、一円には関東鉄道が稠密な路線網を展開しており、難しかったのでしょう。ただ、趣味的には昔ながらの集落、旧道を通るため、車窓は見ていて飽きませんでした。いわゆる「国鉄バス」の雰囲気を残す、そんな数少ない路線のひとつでした。


残った土浦駅・下虫掛間は、実質、土浦小学校のスクールバスでした。篠崎転向場が残っていた時に乗りに出かけたのですが、下虫掛で大勢の小学生が乗り込んできたのを覚えています。なので、わずか10分の距離にもかかわらず廃止にならなかったのかは、すぐにピンときました。


しかし、2014年4月、6年にわたるスクールバスとしての役割も終えることになります。この3月に宍塚小学校が閉校となり、この学区へ無料のスクールバスを通すとなると、定期券で乗っている下虫掛地区の小学生との間に不公平が生じます。結局、両地区とも専用のスクールバスが運行されることとなり、路線バスの使命は終わりました。バス路線の廃止にも、少子化の影があるのですね。ちなみにスクールバスの受託事業者は、当然のように入札で決定し、JRバスでも関東鉄道でもありません。


それまでは、土浦駅行き7時55分発、下虫掛行き15時15分、16時15分発の1.5往復。4月7日ダイヤ改正(休校日運休なので、この日が小学校の始業式なのでしょう)で残された便は、平日16時15分の片道1便のみ。おそらく、ひょっとして誰かが乗るとしたらこの便だと判断されたのでしょう。


ある5月の平日、南筑波線へ名残乗りに出かけました。関東鉄道バスがひしめき合うなか、発車の5分ほど前、申し訳なさそうにJRバスが入線してきます。次々にバスが発着するため、並ぶ順番を間違えると、大変なことになります。当然のように、乗客はゼロ。運転士さんにお伺いしたところ、ごく稀に利用者はいるものの、多くは5分後に出るイオン行きと間違えて乗るケースだとか。



時間になりバスは発車しますが、亀城公園前でも乗車はありません。たしか、昔はここから小学生が大勢乗ったはずです。結局、貸切で終点へ到着し、バスは回送で土浦駅へ戻り、イオン行きとなります。下虫掛は、関東鉄道バスの田中3丁目から歩いて5分ほどのところです。同バス停は、筑波大学中央からのバスが停車するため、比較的本数も多く、さほど不便という印象は受けません。


何とも寂しい形で終焉を迎えた南筑波線ですが、霞ヶ浦線や君島線など残った土浦管内の路線には頑張ってほしいものです。



土浦駅で発車を待つ、下虫掛行きです。



下虫掛バス停です。待合室もある、立派な停留所です。恐らくこれからも形を変えて、使われ続けるのでしょう。



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今回取り上げる常滑南部線(かつては西浦線と呼ばれ、そもそもは戦前から存在する古い路線です)ですが、廃止区間に関していえばその開設は新しく、2005年1月ということになります。中部国際空港開港とともに中部国際空港~病院口、上野間駅~河和駅・内海駅間が延伸され、一気に空港アクセスとして期待されました。当初、中部国際空港発が平日1日10便という、華々しいスタートでした。しかしその後は、ダイヤ改正するたびに減便を繰り返し、2007年1月にはついに1便となります。


この常滑南部線は、以前にも同じ区間で、愛知県バス対策協議会に対して、2011年10月付けで廃止申請が出されていました。しかし、不思議なことに、この時は廃止されませんでした。美浜町は補助金を出していないことから(常滑市は補助金を出していますが、廃止区間とは関係ありません)、知多乗合側に何らかの意図があったと思われます。なお、この時の平均乗車密度を見ると2.1、現在は1.8ですから、3年間で状況は悪化しています。



ある平日、何本か常滑南部線を利用しましたが、すべての便についてお伝えするのも何なので、往路9時59分と復路11時07分の便をレポートしてみます。


河和駅から乗り込んだのは、お年寄りが1人。利用者は、いつもこんな感じのようです。ターミナルを出たバスは河和駅を右折して、美浜町役場の前を通って西へと向かいます。美浜町役場のすぐ前を通るにもかかわらず、バス停名はなぜか北方。美浜町内は知多バスの路線が以前から少ないこともあり、両者の関係はあまりよくないのでしょうか。


ここからしばらくバス停がなく、次はえびせんべいの里前。南知多へのツアーでは、必ず立ち寄る人気のお土産スポットです。しかし、ここもマイカー、観光バスばかりが目立ち、路線バスで訪れる人はほとんどいません。そもそもバス停の位置が、近くではありますが施設の正面ではありません。日祝日には河和港・河和駅から無料の送迎バスが出ていますが(知多乗合委託、この4月からは河和港発着がなくなります)、こちらの利用状況も芳しくありません。


さらにこの先も、ジョイフルファーム鵜の池前までバス停がありません。たしかに民家こそちらほらとしかありませんが、この途中にある総合公園(敷地内には図書館・体育館あり)など、バス停を作ってもいいような気がします。この先を左折すると、美浜緑苑ニュータウンや杉本美術館があります。いずれも知多乗合の親会社に当たる名鉄が開発したのですが、しかし、ここにバスを回したところで、おそらく利用者はいないでしょう。バス停自体は、ジョイフルファーム鵜の池の正面ですが、だれも路線バスでは来ません。


しばらく森の中を走ると、右手に名鉄知多新線上野間駅が見えてきます。しかし目の前にあるロータリーですが、そのまま乗り入れることはできません。道路がつながっていないためで、時間的にも距離的にも大幅なロスです。バスはそのまま道なりに直進し、信号で2度の右折の後、上野間(知多バス時刻表では「上野間駅口」となっていますが、実際のバス停および車内放送では「上野間」です)を過ぎて、ようやく駅前に入ります。


ここ上野間は、かつて南知多観光の拠点駅でした。今は見る影もありませんが、名鉄は南知多観光に力を注いでいました。デラックス特急「パノラマDX」を新鵜沼・内海(河和)間で走らせ、その座席指定券は「パノラマスーパー」より210円髙い520円。南知多ビーチランドへのバスは上野間発(始発は知多半田ですが、ここから乗ると時間も運賃もかかります)で、先に記した杉本美術館も徒歩圏内です(最寄駅は美浜緑苑ですが)。しかし、2006年3月の改正で南知多ビーチランド行きは、最寄駅の知多奥田発となり、広い駅前ロータリーは閑散としてしまいました(知多奥田系統も長くは続かず、2013年3月に路線そのものが廃止されてしまいました)。


現在の上野間駅は、1階部分が窓を板で塞いだようになっています。知多新線は、1975年6月に富貴~上野間間で開業しました。この時、切符売り場と売店が設置され、知多新線が内海まで全通してからも、しばらくは営業していたようです。その後、これらが閉鎖された後は、乗務員の休憩所(仮眠室)として使用されていました。点呼が厳しくない時代には、上野間駅でも滞泊勤務があり、バスは2台がロータリーへ停められていました。現在でも、ロータリーには「バス停」と書かれた枠が2か所残されています。使われていない方のスペースは駅出口の近くで、私の記憶している限り(今から20年ほど前)では、南知多ビーチランド行きのりばだったはずです。駅前の駐車場は、現在も管理が知多乗合になっており、この切符売り場が担当していたことは想像に難くありません(現在も巽ヶ丘などはその例)。無人となった現在、1日単位で利用する人は、封筒に現金を入れて箱に投入するよう注意書きがされていました。が実態としては、失礼ながら無料駐車場の趣でした。


上野間駅です。板で塞がれているのが分かるかと思います。真ん中あたりに換気装置の跡も見え、ここにスタッフが常駐していた名残となっています。手前に見えるのが、料金入れです。




ここから先は、以前から存在しかつ今後も存続するルートです。上野間駅前を出ると、バスは再び上野間を通ります。このバス停は、上下便とも2回経由します。この先の信号を今度は右折、そのまま道なりに進みます。次のバス停ですが、知多バス時刻表では「上野間中学校前」となっています。が、現地の表示と車内放送はたしかに「上野間小学校前」です。次の坂井は、かつて病院口から上野間駅まで行かず、ここで折り返す系統が短期間ながら存在していました。


南小鈴谷まで国道247号沿いに進んだ後、交差点を左折して、小鈴谷集落へと入っていきます。盛田味の館口(旧北小鈴谷、盛田味の館へは1キロほど距離がある)だけは、この路線で唯一かつてひとりの乗降も見なかったバス停です。しばらく海沿いをまっすぐに進みますが、苅屋でようやくお年寄りが1人乗ってきました。この後、古場で2人、保示で1人の乗車がありました。古場から乗ってきた1人は市場で下車、それ以外の方は常滑駅で下車していきました。


これで車内は私ひとり…と思たのですが、河和駅からのお年寄りがまだ乗っていました。この方は病院口で下車し、常滑市市民病院の方へ消えていきました。運転士さんにお聞きすると、市民病院への利用客はたしかにいるとのこと。


10時42分の定刻に到着したバスは、折り返し11時07分病院口発の便となります。病院口の転回場は、市民病院の駐車場を間借りするような形になっています。次の発車まで20分近くありますが、乗務員休憩所はおろかトイレすらありません。中には1時間近く待機する便もあり、乗務員の方も大変です。


発車の10分ほど前に、お年寄り夫婦が乗ってきました。朝7時13分発の便で、河和駅から病院口まで利用した方です。病院帰りなのですが、運転士さんが4月から区間廃止の話をすると、少し困って見えました。4月初めに予約がしてあるらしく、次はこのバスがありません。クルマで上野間駅まで出るかな、と言って見えました。どうやらクルマはあるものの、短距離しか運転しないようです。利用者は少ないですが、路線廃止で困る方が確実にいます。


時間になり、バスは私と先の老夫婦を乗せて出発します。常滑駅では、お年寄り1人が待っていました。次のやきもの散歩道西口でもお年寄り1人、さらにその先の市場でも1人を乗せます。市場の方は古場で、やきもの散歩道の方は苅屋で、常滑駅の方は北大谷でそれぞれ下車していきます。ここから先は、河和駅まで乗降ゼロ。老夫婦は、河和駅で降りていきました。この状況を見るに、存続する上野間駅~病院口間も、決して先行きが明るいとは言えません。


路線全体としては、常滑駅~東大谷までの利用が大半で、そこから先は少ない印象を受けます。廃止区間では、河和駅での乗降が午前中の上り、午後の下りを中心に各便1人~数人程度、あります。途中バス停での乗降は、稀です。直通がなくなる中部国際空港行きですが、空港までの定期的な利用者は河和駅からはいませんが、途中上野間駅からは2人ほどいます。


中部国際空港行きですが、実は常滑駅で知多半田からの便とほぼ同時刻(知多半田便7時06分、河和便7時09分)で重なっています。河和駅からの便は病院口経由、知多半田からの便は直通とルートこそ少し異なりますが、何だかもったいないように思えます。この辺りをうまく調整すれば、乗り換えこそ手間ですが、さほど不便にはならずに済みそうです。


デビューから10年経たずして廃止とはさみしい話ですが、新規バス路線の発展がいかに難しいかを如実に示しています。美浜町内に関しては、町の巡回ミニバスが無料で東西を結んでおり、実は美浜町役場から上野間駅(知多奥田駅・野間駅)へは、アクセスが今後も保証されています。しかし、この点からも私は、行政と知多バスとの距離を感じてしまうのです(巡回ミニバスば町の直営)。両者の歩み寄りという点でもう少し何とかならなかったのか、という気もしますが、せめて残った区間の存続を祈ります。


1日1便の中部国際空港行き。3年前に乗車した時は、河和駅から空港まで通勤利用がありました。この乗り場ですが、バス停自体を自転車に包囲されており、近づくことすら容易ではありません。何とも、悲しい話です。


病院口転回場です。常滑市民病院の駐車場を間借りしています。以前は左に家が見えるところまで、駐車場でが広がっていました。





今回の常滑南部線廃止と同時に、知多乗合内海管理所も閉鎖となります。1978年9月開設なので、営業所(管理所)自体は比較的新しいと言えます。しかし、内海は知多乗合発祥の地(前身は8社ありますが、中心は初代知多乗合社長内田佐七の知多自動車(株)。内田佐七は内海で廻船問屋を経営)であり、その意味でここから拠点が消えることは残念でなりません。と同時に、師崎線・内海線が孤立してしまうことから、この2系統の存続が危ぶまれます。たとえば半田営業所から師崎まで回送となると、20キロを軽く超えてしまい、きわめて非効率的です。こうなると路線自体が海っ子バスに吸収され、知多乗合としては南知多地区から全面撤退というシナリオも充分考えられます。今後も目が離せないところです。


河和駅に貼られていた、廃止のお知らせです。


内海管理所です。全面が砂利敷きとなっていて、県内名鉄グループのバス営業所としては珍しいと思います。手前に見える白線の区画は、ちょっと気になりますね。バスの駐車スペースにしては狭いようなので、自家用車の駐車場だったのでしょうか。ちなみに、以前はアスファルト敷きの所が通路になっていて、クルマの通り抜けもできました。