娘がこういう状態になってから、ずっと、考えても仕方のない自問自答を繰り返してる。 


「一体何が原因だったんだろう」 

「もしかして、私のせい?」

「あの時怒りすぎてしまったから?」 

「あの時もっと優しくできてたら違った未来もあったのかな…」 

 「いつから間違ってたんだろう」 

 「もしタイムマシン的なもので過去に戻れるとして、どの時点からやり直せたら娘は今幸せになれるんだろう」


 などなど、堂々巡りです。 




 低学年頃までの娘は、明るくて賢くてバイタリティに溢れてて、何事にもエネルギッシュに挑戦できる、本当にキラキラした子でした。 


 自慢の娘でした。 


 もちろん今だって、可愛くて大切な娘に変わりありませんが。今現在の娘に対して感じている愛おしさと、当時の私が娘に抱いてしまっていたギラついた期待混じりの重たい愛は別物で、今になって振り返ると、後悔ばかりです。 



 多分、娘はそんな私に気づいていたのでしょう。  幼稚園の年中さんだったか年長さんだったかそのくらいの頃、娘に訊かれた事があります。 


 「お母さん。もし私がノーセーマヒになって、今得意なことが何もできなくなっても、私のこと好き?」と。


 一緒にTVを観ていた時でした。脳性麻痺で身体が不自由になった息子の車椅子を押してマラソンをする父親のドキュメンタリーだったと記憶しています。

 


 私は「もちろん好きだよ❤」と返しましたが…

 そもそもまだたった5歳かそこらの子に、そんな淋しい心配を抱かせてしまっていたのは、私の不徳の致すところです。 




 娘は勉強のポテンシャルが高い子で、幼稚園に入園するより前に、ひらがなカタカナは勿論、数字やアルファベットの大文字・小文字、小学校1年生程度の漢字も既に書け、足し算引き算も普通にできていました。 


 そんなあの子に、私は次第に「もっと」を望むようになり、いつしか、娘そのものを愛してるのか娘の能力を愛してるのか、それとも「そんな特別な子を育てている自分」に酔ってるだけなのかすら解らない状態に陥っていたのです。


 娘は、それを察していたのでしょう。つらかったろうなと思う。



 皮肉な話ですが、今全ての事柄に対し意欲や活力を失っている娘は、当時の娘がタラレバの仮定として挙げた「今得意なことが何もできなくなった」状態に近いと言えます。 


 当時の私がした「もちろん好きだよ❤」という回答は、娘には薄っぺらい言葉に聞こえていた事でしょう。でも今こそ、その言葉が嘘ではなかったんだと言葉だけでなく実際の行動で示すべき機会なのだと思います。 


まだ幼かった娘に、淋しい不安を抱かせてしまった事実はどうしたって取り消せないけど、せめて今からでもやり直したい。

愚かな母だけど、なんとかもう一度…